長崎県・軍艦島
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<旅編>

長崎港から約18.5kmの海上に浮かぶ。周囲が1.2km、東西160m、南北480mの小さな島だ。軍艦島の海底の下には良質の石炭が埋もれており、1870年開鉱に着手、その後、炭鉱の島として栄えた。最盛期には、労働者とその家族合わせて5267人が住み、世界一の人口密度(当時の東京都の9倍)だった。石炭産業の衰退とともに1974年に閉山、無人の島となった。閉山までに1570万トンの石炭を採掘した
朝9時、快晴のもと長崎港から観光客約50人を乗せ遊覧船が出港する。出港してすぐ、右手に三菱重工造船所立神工場が見えてくる。戦争中はここで軍艦が造られた、と船内にアナウンスが流れた。長崎県の産業において昔も今も大きな比重を占めるのが「三菱」である。
細長い長崎港を抜け外海へ出てしばらくすると、遠くに目的の島が見えてきた。観光客が向かっているのは軍艦島だ。
軍艦島は、正式名を端島という。その姿が戦艦に似ているところから軍艦島と呼ばれるようになった。長らく無人の島として、日本社会ではその存在を忘れられてきたが、2009年5月から上陸ツアーが始まり、再び脚光を浴びるようになった。しかし、朝鮮人にとって軍艦島は、別の意味で忘れることのできない島として存在し続けた。