【特集】スポーツと政治・考
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世界記録を塗りかえるスポーツマンの挑戦は、それだけで圧倒される。 しかし「国」同士が勝敗を競うこの国際社会で、スポーツがナショナリズムと関連して 政治的に利用されてきたのも、また近現代の歴史だった。朝鮮半島や在日朝鮮人の歩みから 「スポーツと政治」を、また政治を越える「スポーツの力」について考えてみたい。
朝鮮民族のスポーツ100年史
1936年、孫基禎が「日本人」として金メダルを手にしたベルリン五輪に象徴されるように、 朝鮮民族における近代スポーツは日本の植民地支配と深く結びついて始まった。 そして解放後は、歴史や文化、社会とのかかわり合いの中で、 朝鮮半島の平和統一をめざし、朝・日をはじめとする交流促進に多くの軌跡を 刻んできた。朝鮮民族のスポーツ100年史を振り返る。
スポーツと 政治事件史
テロ、ボイコット、民族紛争など政治がスポーツに介入した事例は世界中で数多い。 一方で、スポーツが政治を動かしたこともある。 20世紀から21世紀にかけての、「スポーツと政治」にまつわる出来事をまとめた。
スポーツが政治を超えるとき
インタビュー/木村元彦さん●ジャーナリスト
旧ユーゴスラビアの民族問題や同国のサッカーを 長く取材してきたジャーナリストの木村元彦さんに、 サッカーとナショナリズムの関係や 「スポーツと政治」問題への向き合い方などについて聞いた。
切りひらく― “雑草”のプライド
Reportage/在日スポーツマン、 国籍・政治・制度の壁に挑む
オリンピックや世界大会に挑戦し、結果を残してきたアスリートたちが在日コリアン社会にいる。そして今現在も、ハンディを闘志に変え、挑戦を続ける人たちがいる。時にはだかる「政治の壁」を乗り越え、スポーツにかける彼らの思いとは―。
格闘するアイデンティティは夢を生む 在日フットボーラーの挑戦―
慎武宏●スポーツライター
数あるスポーツの中でも特に人々のナショナリズムを刺激しやすいと言われるサッカー。ワールドカップなどの国際大会で演じられる国対国の代表戦に、人々は自らの民族心を重ね、愛国心を鼓舞させる。それこそがサッカーの魅力のひとつであることは間違いないが、その特性ゆえに多くの在日フットボーラーたちが国籍と夢の狭間で悩み葛藤してきたのも事実だ。かつては国籍を理由に日本の実業団リーグを断念せざるを得なかった者もいたし、朝鮮代表への憧れを封印し、Jリーグに飛び込んだ若者もいたほどだった。
国家支配の強化によるスポーツの危機
オリンピック開催決定と「強い日本づくり」 谷口源太郎●スポーツジャーナリスト
安倍首相の嘘と 東京オリンピック開催決定
2020年夏季オリンピックの東京開催決定は、国内外に重大な疑問を投げかけたのではあるまいか。 もともと東京は、なんのためにオリンピックを招致するのか、という基本的な理念がなく、疑念を抱かせる招致活動さえ行った。