【特集】ヘイトスピーチ、 明確な“禁止”を:解消法施行から3年
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ヘイトスピーチ解消法施行から3年が経った。しかし、同法で「許されない」と宣言した「不当な差別的言動」は、さまざまに表現を変えながらいまだ存在しており、明確な規制はなされていない。いま日本各地で起きている被害に目を凝らしながら、施行後に見られた変化と今後の課題について考える。
つづく差別デモ、体張るカウンター…
解消法施行から3年、なにが変わった?
取材・文:編集部
「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(ヘイトスピーチ解消法。以下、解消法)が施行されたのは2016年6月3日。法律では日本社会に差別があることを認め、「不当な差別的言動は許されないことを宣言」するとともに、その解消に向けた取り組みを推進することを定めた。
解消法施行後、市民の間ではヘイトスピーチ(以下、HS)に対する認識が広まり、多くの人が「カウンター」の立場で差別主義者を見つめるようになった。
「この国にヘイトはいらない」
「朝鮮学校では、この表現の自由をHSだと教育している。朝鮮学校の教師たちは子どもたちにこのスピーチを見せればいいのに見せない。子どもたちの洗脳が解けてしまうことを恐れているからだ」―
5月15日、東京のJR十条駅で「朝鮮総連をさら地にする会」の佐藤悟志氏と韓国出身だと名乗る女性が差別扇動デモを行った。同駅付近の東京朝鮮第3初級学校と東京朝鮮中高級学校に通う子どもたちを狙った悪質なものだ。「さら地にする会」は「月例活動」と称して毎月、十条駅前でデモを強行している。
だがこの日、駅前には約40人のカウンターが集結。「함께 살고있다(一緒に生きている)」「子どもに対する嫌がらせをやめろ」などと書かれたプラカードを掲げ、デモへの対抗スピーチを行った。
「外国籍の子どもたちを狙ったHSがあると聞き、集まった。私たちはHSを決して許さない。『この街に、国にヘイトは要らない』という声をあげましょう」。ヘイト扇動者の拡声器の音を掻き消そうと、間近で「迷惑だ」「子どもたち、マイノリティをいじめて楽しいか」と訴えるカウンターも。
都内在住のY・Mさん(45)は、「HSはもちろん許せないが、これを放置してなんの対応策も講じない警察に問題意識を持っている。街なかで偏見や差別がばら撒かれているのになぜ止めないのか。HSを常習化させてはいけない」と危機感を抱いていた。
取り締まりの権限なく
「差別を許さない」という市民感情が広がっている一方で、指摘されるのが警察の対応である。Yさんが危機感を持ったものと同様の景色が日本各地でも見られる。
3月11日には、北九州朝鮮初級学校と九州朝鮮中高級学校の最寄りであるJR折尾駅の北口でヘイトデモが敢行された。デモを行ったのは、極右政治団体・日本第一党。桜井誠党首は、福岡県議会議員候補の応援演説と称して、「朝鮮人は帰れ」「あの子たちを見て下さい、以前はチマチョゴリを着ていたけど、自分たちがこういう活動をするから今は着れなくなった」などと暴言を繰り返し、通学途中の女子生徒が泣きながら教員に訴えるという具体的な被害が発生した。
しかし当時、現場にいた警察はデモを制止することなく、この重大な人権侵害を看過。後日、朝鮮学校の教員をはじめとする同胞や日本市民が申し入れをし、差別的言動の是正や終了を求めたものの、具体的な対応策は明らかにされなかった。そこには、「HSに該当するかどうか、警察では判断できない」という難しさがある。
解消法の制定に尽力した師岡康子弁護士は、「解消法には刑事規制がない。法的根拠がないのに取り締まる権限も、発言をチェックして差別だと判断する能力も警察にはない」と同法の限界について説明する。解消法には明確な禁止規定がないため、差別主義者たちに次々と抜け道を与える事態になっているのだ。
法務省は3月12日に「選挙運動、政治活動等として行われる不当な差別的言動への対応について」と題した通知を発出。後手にまわった対応措置は、各地で同様の事態が起こっていることを表している。
地域で進む条例制定
では、「不当な差別的言動」を真になくすためにはどうしたらいいのか。地域・市民レベルでは、差別解消を目指した条例制定の取り組みが進んでいる。禁止規定や罰則を盛り込み、実効性のある条例にしようとの動きも活発だ。
神奈川県川崎市では、「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例案(仮称)」制定の準備が佳境に入っている。運動の流れを作ってきたのは、当事者が中心となって結成した「ヘイトスピーチを許さない かわさき市民ネットワーク」(以下、市民ネット)だ。
3月の川崎市議会文教委員会で条例の骨子案が提出され、6月の議会で同条例の素案審議が控えているなか、市民ネットは同月5日、市議会の山崎直史議長と面会し実効性ある条例を求める意見書を手渡した。意見書は条例に明記すべき内容として、▼HSを含む人種差別については、刑事罰を含めた制裁規定を置くこと、▼インターネット上のHS対策の強化、▼HS・差別事例を調査、収集し、人種差別撤廃に向けた行動計画の策定―など10項目を挙げている。
川崎市ふれあい館の崔江以子さんは、面会後に行われた記者会見で「HSの被害はデモが行われた時、ネットの書き込みに触れた時にだけ生じるのではない。被害からの回復は、ヘイトのない社会が実現し、それが継続すること。(意見書の内容を含めた)条例が実現すれば、未来の子どもたちも守る日本一の条例になる」と話した。福田紀彦川崎市長は「市民の総意で条例を作る」との姿勢を示している。
国に求められるものは
香川県観音寺市には、すでに禁止規定を盛り込んで制定、改正された条例が存在する。
観音寺市は、駐車場と公園の利用に関する2つの条例で、「人種等の共通の属性を有する不特定多数の者に対して、当該属性を理由として不当な差別的取扱いをすることを助長するおそれのある行為」(駐車場管理条例、16年12月制定)と「人種、国籍その他出自を理由とする不当な差別的取扱いを誘発し、又は助長するおそれのある行為」(市公園条例、17年6月改正)を禁止行為としている。公園条例では、違反者に5万円以下の過料という罰則条項も設けられた画期的なものだ。
また、東京都の「世田谷区多様性を認め合い男女共同参画と多文化共生を推進する条例」にも国籍や民族を理由とする差別的取り扱いを禁止する条項が入っている。
地方自治体が差別解消に向けて着実に歩みを進めるなか、より早急になされるべきは国による決定的な対応措置だ。
そもそも日本は、あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約である「人種差別撤廃条約」に加盟している(1995年)。にもかかわらず、国内では解消法ができるまで人種差別を禁止する法律の一つも定めず差別を放置してきた。この点は人種差別撤廃委員会から是正勧告も受けている。
解消法施行から3年、各分野での少しの前進とともに多くの限界と課題が見えてきた。国は今こそ、20年以上保留にしてきた人種差別禁止法の制定に尽力し、根本的な問題解決のための第一歩を踏み出さなければいけないのではないか。
制度ができること、人ができること
以降は特集記事の抜粋になります。全文ご覧になるには本誌をご覧ください。購読お申し込みはこちらへ。
ヘイトスピーチ根絶のために何ができるのか―。東京都国立市で包括的な差別禁止を盛り込んだ条例の制定に尽力した同市議会議員の上村和子さんと、大学教員・研究者の立場から調査・発信を続ける社会学者の明戸隆浩さんから話を聞いた。
地方から国を変える―差別禁止条例の意義
上村和子さん ●東京都国立市議会議員
うえむら・かずこ
1955年、長崎県生まれ。長崎県立高校教諭を経て、85年に国立市移住。99年4月から国立市議会議員。今年4月の選挙で当選し、現在6期目(無所属、一人会派)。2005年、国立市の朝鮮学校児童・生徒保護者補助金の打ち切り阻止、継続に尽力し、市の人権4条例制定にも大きな役割を果たした。
実効性促す発信、続けてこそ
明戸隆浩さん ●社会学者
あけど・たかひろ
1976年名古屋生まれ。東京大学大学院情報学環特任助教。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。専門は社会学、社会思想、多文化社会論。著書に『奇妙なナショナリズムの時代』(共著、岩波書店、2015年)、『排外主義の国際比較』(共著、ミネルヴァ書房、2018年)など。訳書にエリック・ブライシュ『ヘイトスピーチ――表現の自由はどこまで認められるか』(共訳、明石書店、2014年)など。
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解消法を活かし、差別禁止法へ―
ヘイトスピーチ解消法(以下、解消法)の成立と、同法に実効力を持たせることに尽力した弁護士の師岡康子さん。施行から3年間の歩みとこれからの課題について聞いた。
もろおか・やすこ
弁護士、外国人人権法連絡会運営委員、大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員研究員。東京弁護士会外国人の人権に関する委員会委員。枝川朝鮮学校裁判弁護団、高校無償化裁判東京弁護団。著書に『ヘイト・スピーチとは何か』(岩波書店/13年)、監修書籍に『Q&Aヘイトスピーチ解消法』(現代人文社/16年)など多数。
その他の内容
- 止まぬ「上からの差別扇動」(文:李相英)
- ネット上の差別規制を考えるために(阿久澤麻理子 ●大阪市立大学人権問題研究センター/都市経営研究科教員)
- 解消法を活かし、差別禁止法へ―師岡康子さんに聞く
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イオ日刊ブログより
十条でのヘイトデモは下記日刊ブログに詳細があります。