思い出の味編 vol.55十条の王華/ 東京朝高生が愛した 「王華」
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焼きテイ、満ガラ
この4月、東京朝鮮中高級学校生や保護者たちに親しまれたJR十条駅西口の大衆中華「王華」が閉店した。閉店を数日後に控えたある日、店を訪れると板橋節子さん(71)が変わらぬ笑顔で迎えてくれた。カウンターでは、2年前に亡くなった夫の栄夫さん(享年77)の遺影が店を見守る。
1971年の開業。「王華」は栄夫さんが都内で修行した中華料理屋に暖簾分けしてもらいオープンしたお店だった。手のしの餃子は自慢の一品。朝高生に人気の焼肉ラーメンは栄夫さんが考案したものだった。「朝高の男子生徒さんは、始めて10年くらいの頃は、本当によく食べました。学校を抜け出して昼食を食べにくる子がいたり、ラグビー部やサッカー部、ボクシング部の生徒さんが部活を終えた後に食事に来ることも多くて。時に喧嘩もあって元気でしたよ」。
朝高生には、焼肉定食(通称「焼きテイ」)が一番人気で、次は肉ニラ定食が好まれた。「『肉ニラ、満ガラミニ』って言ったら超辛口の肉ニラ定食にミニ餃子(3個)が来ます」と1990年卒のある卒業生は語る。満ガラとは、トウガラシ粉をたっぷりとかけた特注メニューだ。
40年以上に渡って朝高生を見てきた節子さんを、生徒たちは「おばちゃん」と親しみを込めて呼んだ。「うちらの卒業式の日、餃子を山盛りでサービスしてくれた」と30年前の思い出を語る卒業生も。「閉店の知らせを聞き、都内や千葉から食べに来てくれる卒業生の存在が嬉しかった」と思い出を語る節子さんに、 「十条からこの味が失われるのは悲しい」と話すと、長男の竜馬さんが中目黒で立ちあげた「OHKA THE BESTDAYS」で王華の餃子の味をアレンジして継いでいると教えてくれた。
下町情緒あふれる十条駅は、駅前広場の南側を中心に再開発が進む。40階建てのマンションが建ち、「王華」の場所はマンションの緑地になる予定だ。東京中高を訪れる人々がよく利用した駅前ロータリー周辺のお店も軒並み閉店、移転した。
駅の西口を降りて左手にあった喫茶店チェリーも、不二家も、ミスタードーナツもシャッターを閉じ、駅前が閑散としている。ひとつの時代が過ぎた予感。