【イオ ニュース PICK UP】日本が報じない「韓国『慰安婦』訴訟」1.8判決/キボタネ主催の講演会
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日本の若者が日本軍性奴隷制問題について学び、性暴力のない社会づくりに役立てる目的で2017年6月に設立された「希望のたね基金(略称:キボタネ)」が、2月2日、オンライン記念講演「一から知りたい『慰安婦』訴訟判決」を開催。今年1月8日にソウル中央地方法院が下した「慰安婦」裁判の判決について、同訴訟に意見書の提出もした山本晴太弁護士(福岡県弁護士会所属)が解説した。
「慰安婦」訴訟は、韓国・ナヌムの家に暮らすハルモニたちが原告になって始まったもの。そのナヌムの家が作られるきっかけとなった一人が、日本軍性奴隷制被害者の姜徳景さんだ。キボタネは姜さんの命日に合わせ、ハルモニたちの経験と思いを伝える書籍の翻訳刊行を日本で実現させるためクラウドファンディングを開始した。同オンライン講演は、プロジェクトのスタート記念と銘打って企画されたものだ。
二つの「慰安婦」訴訟
山本晴太弁護士はまず、「慰安婦」訴訟と判決の概要について説明。まず韓国ではこの間、二つの「慰安婦」訴訟が行われており、1月8日は1次訴訟の判決言い渡し日だったと話した。
韓国では、ナヌムの家に暮らす裵春姬さんら日本軍性奴隷制被害者ら12人が原告となって2013年8月13日に日本政府へ調停申し立てをしていた。調停とは訴訟の前段階で、裁判所で話し合おうというもの。
その前提として、韓国の憲法裁判所が2011年8月に下した判決がある。これは、日本軍性奴隷性問題は日韓請求権協定の適用対象ではなく未解決にもかかわらず、韓国政府が外交交渉などに臨んでいないことを指し、憲法違反だとしたものだ。韓国政府に向けられた決定である。
決定を受けた当時の李明博政権は、日韓請求権協定3条(「協定の解釈及び実施に関する両締約国の紛争」を解決するための手順規定)に基づき日本政府に協議を申し入れた。しかし日本政府は、紛争など存在しないとして協議を拒否。
これを見たナヌムの家のハルモニたちは、「韓国政府が申し入れても話し合いに応じないのなら、自分たちが話し合いを求めてみよう、私たちが直接申し入れたら日本政府も応じるのではないか」と考え、調停の申し立てに至った。
申し立てを受けた韓国の裁判所は、日本に繰り返し照会書を送付した。しかし日本の外務省は受け取り自体を拒否し、そのまま返送することを繰り返した。「これはハーグ送達条約に違反する重大な問題ですが、今回は割愛します」(山本弁護士)。
韓国の裁判所はこれによって調停は不成立とみなした。韓国の民事訴訟法では調停が成立しないと自動的に訴訟に移行することになっている。そのため、16年1月28日に裁判が始まった。これが1次訴訟である。
山本弁護士は、「1次訴訟の原告たちはもともと話し合いを求めており、訴訟で争おうという計画はなかったが、日本が照会書の受け取りを全て拒否したために図らずも日本国を被告とした訴訟が始まった」と経緯を整理した。
そして今年1月8日、ソウル中央地方法院は「被告は原告らに各1億ウォン(約950万円)を支払え」という判決を下した。被害者が受けた傷に金額をつけることはできないが、原告側が当面求めていた被害額が認められ、日本による加害の事実が認められた形だ。調停申し立てから判決まで約7年。この間に7人のハルモニが亡くなっている。
一方、2次訴訟のきっかけとなったのは15年12月に交わされた「日韓合意」。当時の朴槿恵大統領は、被害当事者の声を一切聞くことなく、日本が事実を認めたかどうかも曖昧な状況のまま、「10億円の支払い」で日本軍性奴隷制問題を不可逆的に解決する合意を受け入れてしまった。
被害当時者たちは、韓国政府が外交権によってこの問題を解決することはもうないと考え、最後の手段として16年12月28日に提訴。これが2次訴訟と位置づけられた。
本来は2次訴訟の判決言い渡し日も今年1月13日に予定されていたが、1次訴訟の判決が出たのを受けて延期となったという。山本さんは理由について、あくまでも推測だとしながら「2次訴訟の裁判官は1次訴訟の判決と反対の内容を準備していたのではないか。ところが8日に出た判決を読んでみると自分が書いたものより説得力がある。判決を合わせようとしているのか、それよりもさらに説得力を持たせて反対の判決を書こうとしているのか…」とのべた。
問題理解のための3つの予備知識
1次訴訟の判決内容が報じられると、日本ではメディアや政治家による激しい韓国バッシングが起こった。山本弁護士は、この問題を見ていくにあたって3つの予備知識をレクチャーした。
➀三権分立
山本弁護士は「わざわざ持ち出すのも恥ずかしいような初歩的な知識。小学6年生の社会で習ったはずだが」と前置きしながら、三権分立について「立法・司法・行政の三権は独立が原則であって、お互いに牽制し合う権限を限定的に与えられているという仕組みのこと」だと説明。
これに言及したのは、日本のメディア、政治家が荒唐無稽な発言を繰り返しているからだ。
「『文大統領は判決を是正せよ』などという人がいるが、これは小学6年生の社会を理解していないということになる。立法権というのは法を作る作用、司法権はその法を具体的に適用する作用、行政権は二つを除いたその他の国家作用と説明するのが一般的。個別事件の判断は司法権そのもの。そこに行政権が介入するのは三権分立の原則からして絶対にありえない。それなのに他国のこととなると、あっさりと先のようなことを言ってしまう」と指摘した。
➁弁論主義
民事訴訟における基本構造のこと。民事訴訟は当事者の主張に基づいて判断される。当然、訴えられた側も当事者として裁判に出席し、証拠などをもって主張を展開しなければならない。本人が主張していないことを裁判所が忖度したり、証拠を探してくれることはない。
「実際に裁判に出席しなければ間違いなく敗訴することになる。それが弁論主義というもの。日本は裁判手続きをまったく無視して書面も出さず出席もしなかった。事件の内容について、日本政府の主張が判決に取り入れられる余地はもともとまったくなかった」(山本弁護士)
➂主権免除
「state immunity」という言葉の訳で、直訳は「国家免除」。“主権国家は平等なので、一方が他方の裁判権に服する義務を免除される”とする国際慣習法の規則の一つだ。日本は、韓国による「慰安婦」訴訟の判決がこの主権免除に反すると主張している。
山本弁護士は、「国家のどんな行為に対しても主権免除が適用されるという考えのことを『絶対免除主義』というが、この考えが支配的だったのは19世紀のこと。日本では幕末から明治時代前半にあたる。現在、この主義をとる国はほぼないと言っていい。日本の裁判所でも、外国を被告とする裁判が行われることはそれほど珍しいことではない」と説明した。
次いで、主権免除には様々な例外が生まれてきたことものべ、これまで各国で認められている例外には
➀商行為例外
➁不法行為例外
➂人権例外
―があるとした。
本稿では一つひとつの説明は省くが、山本弁護士は上から順に具体例を挙げて解説した。これらの例外はヨーロッパから生まれ、長い時間を経て今日ではほぼ世界中に定着したという。➀と➁の例外は日本も2000年代に受け入れている。
そして2000年頃、新しい例外がヨーロッパの裁判所であらわれた。これが➂の人権例外で、今回の「慰安婦」訴訟の焦点になったものだ。
「1・8判決」の意義
人権例外の始まりは、ギリシャで起こった「ディストモ事件」に関する判決からだ。この事件はギリシャがドイツに占領されていた頃、一部のギリシャ人パルチザンがドイツ軍を攻撃したところ、ドイツ軍が報復としてパルチザンとは関係のないディストモ村の民間人214人を虐殺したというもの。1944年6月に起こった。
のちに犠牲者遺族がギリシャの裁判所にドイツ国家を訴え、1997年の1審ではドイツの主権免除を否定し、原告の賠償請求が認められた。2000年の最高裁もこの判決を支持し、ドイツに対する賠償命令が確定した。
また、イタリアではフェリーニという人物がドイツを被告に訴訟を起こしている。フェリーニは第二次世界大戦中に戦争捕虜となり、ドイツで強制労働に従事させられた。フェリーニは、国際法上保護されるべき戦争捕虜であるにもかかわらず、その待遇を受けられなかったと主張。イタリアの裁判所は1審、2審でドイツの主権免除を認めフェリーニを負かせるも、2004年のイタリア最高裁判所はそれらの判断が間違っていたと判決を差し戻した。
これを見たイタリアの戦争被害者たちが一斉にドイツに対して訴訟を起こし、非常に多くの訴訟でドイツに損害賠償を命じる判決が出た。裁判所がとったこれらの考え方を人権例外と呼んでいる。
山本弁護士は、「主権免除は、国家の尊厳を守るとか外交関係を安定させるというメリットがあるからこそ存在してきた。ただ、少なくとも▼国際法上の重大な違反にあたる国家の行為によって、▼深刻な人権侵害を受けた被害者がおり、▼最後の救済方法が国内裁判である場合、例外的に裁判を受ける権利を保障して人権を救済する必要性が、国家の尊厳や外交関係の安定といったような主権免除のメリットを上回るのではないか、こういう時は主権免除に遠慮してもらおうではないかというのが人権免除の考え方」だとまとめた。
だが、すべての訴訟で人権例外が認められている訳ではない。山本弁護士はその後も世界各国のさまざまな事例を挙げつつ、「人権例外を認める意見と認めない意見はせめぎ合って拮抗している現状だ」と伝えた。
このような中、今回ソウル中央地方法院は以下の判決を言い渡した。
山本弁護士は、「まさに正面から人権例外を認めている」としながら、この判例は「アジアで初めて人権例外を認めた判決であり、人権例外を支持する側への強力な援軍になった」とのべた。
その上で、「人権例外をとりまく賛成/反対の対立というのは、“国家の利益を中心とする古い国際法”と“人権を中心とする新しい国際法”の対立の反映だと言える。人権例外を認めるかどうかの対立は日本と韓国の対立ではなく、人権を侵害された個人と国家の対立。人権例外で救済される可能性のある個人は日本や韓国を含む世界中にいる。この判決は、人権中心の新しい国際法への後押しをし、日本を含む世界の人々に、国家によって侵害された人権を回復するための新しい武器を与えるものだったと言えると思う」と大きな意義を話した。
日本の論調を批判
山本弁護士は、日本の政治家やメディアの論調にも触れながら、一つひとつ批判した。
上のスライドに映された内容に対して山本弁護士は、「主権免除に対する考え方は絶えず発展していて、『決まりですから』と言えるような固定的なものではない。また、人権例外の肯定論と否定論は拮抗しており、茂木外相が言うような『到底考えられない異常な事態』でもない。これらの発言は、主権免除には色々な例外があるということに一言も触れていない。まるで19世紀の絶対免除主義の亡霊のような発言だ」と一蹴。
さらに、なぜこういう発言をするのかについて、「日本国民にややこしいことを考えさせたくないのではないか。『国際法=主権免除』という図式を繰り返し反復して国民の思考能力を奪い、『韓国は国際法に違反する国家』との印象を与えようとしていると思う。一種の愚民政策」だとのべた。
続いて、メディアの論調も紹介。
また、山本弁護士はこちらの内容に関しても、「ほとんど思考停止というか、平常心を失った記事を書いている」と冷静に批判。
記事の冒頭では「『事実認定』と呼ばれる最も基礎的な部分が見当たらない」と書いているが、「次の部分を読むと、かれが読んでいるのは判決全文ではなくて、判決当日に新聞記者に配布された要旨だということが分かる」(山本弁護士)。
「判決の全文は40pで報道資料(判決要旨)は3p。かれはその3pの方を読み、事実認定が見当たらないと言って怒っている。判決全文は3日後に公表されたが、それにはもちろん事実認定についても数ページにわたって明記されている。
また、この裁判の争点を理解していれば、日本政府は裁判に出席もしていないのだから事実認定などはそもそも争点ではない。まさに皆が注目していたのは主権免除をどう判断するか。3pの要旨に主権免除のことばかり書かれているのは当たり前。そういうことが、長年新聞記者をやってきた論説委員が分からないはずがないのだが、韓国の問題になると、こういうことを書いてしまう」。山本弁護士は首を傾げた。
また最後の文章についても、「個別事件の判断は司法権に委ねられているので、そこに大統領が介入するのは絶対にありえない。この人は6年生の社会をもう1回勉強し直さなければいけない」とし、締めの言葉も傲慢だと批判。「いちおう大手の地方新聞がこのように支離滅裂で思考停止をした記事を書いてしまうということが恐ろしい」とのべた。
山本弁護士は最後に、一連の言説を表でまとめ、それぞれへの批判を明確に記してメディアの無責任さや日本の無反省を強く批判した。
国際的にも意義のある判決が出たにもかかわらず、小さな枠の中で感情的かつ支離滅裂な反論に終始する日本の政治家やメディア。資料に基づいた解説を聞くと理解できる問題だが、多くの人はそこにアクセスすることもなく、垂れ流される印象に流されてしまうだろう。そのことに危うさを覚えた。
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イベントの第2部では、キボタネの代表理事・梁澄子さんと理事・北原みのりさんが、同日にスタートしたクラウドファンディングに関して説明した。プロジェクトの詳細は以下より。(文:黄理愛)