特集 ヘイトを許さない社会へ
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ヘイトスピーチ解消法の施行から6年。昨年、在日朝鮮人が多く暮らす京都ウトロ地区で放火事件が起こるなど事態はヘイトスピーチからヘイトクライムへと変化・深刻化している。解消法施行から何が変わり、なにが変わっていないのか。現状を取材し、「ヘイトを許さない社会」へ向けた課題をさぐった。
Q&A イチから学ぶヘイトスピーチ
文公輝●NPO法人多民族共生人権教育センター理事・事務局長
日常的に見聞きすることが増え、すっかり耳慣れてしまったヘイトスピーチという言葉。「憎悪表現」と訳されることもありますが、それは本質を捉えていません。言葉の意味や、ヘイトスピーチを取り巻く昨今の現状を改めて一から学ぶことで、これはれっきとした差別の問題であることが分かります。Q&A形式でまとめました。
Q1 ヘイトって何? ヘイトスピーチって何?
英語のHate(ヘイト)は、直訳すると「憎悪」という意味であることから、ヘイトスピーチが「憎悪発言」「憎悪表現」と表記されることがありますが、正確な訳ではありません。
国際人権諸条約のなかで問題とされているヘイトスピーチとは、移民、女性、障害者、性的少数者など、差別を受けているマイノリティ集団に向けられる、あるいは、それらの集団に対する差別を煽る目的で、社会全体に向けておこなわれるものです。また、ヘイトピーチがおこなわれる方法は、発言だけでなく、ネットの書き込み、出版物、掲示物、落書きなど多様です。ヘイトスピーチの意味を正確に表現するなら、「差別する言動」もしくは「差別を煽る言動」とするべきでしょう。
過去の歴史を通して、ヘイトスピーチは、殺人やジェノサイドまで引きおこしてきました。マイノリティ集団の生命をも脅かす、深刻な社会問題なのです。
Q2 どうして日本社会で増えてきたの?
日帝時代には、植民地支配を正当化する論理として、朝鮮人に対する蔑視と偏見を、国が煽りました。日本の敗戦/朝鮮の解放後も、日本社会の差別意識はそのままに続き、20世紀末にインターネットが一般化するなかで特に悪化しました。桜井誠(前「在日特権を許さない市民の会」会長、現日本第一党党首)のような人物たちがネット上で差別を煽動し、人種差別主義者(レイシスト)のネットワークを形成し、ヘイトデモやヘイト街宣が日本各地で毎週末おこなわれるほどになりました。日本政府が、領土問題、歴史問題に関連して、韓国、朝鮮への対立、嫌悪、憎悪の感情を煽り、ほとんどのメディアが同調したことも、レイシストの活動を後押ししました。
Q3 インターネットでのヘイトスピーチは止められないの?
Q4 法律で取り締まることはできないの?
Q5 自治体はどう動いている?
Q6 根本的な問題はどこにあるの?
Q7 他の国ではどうしている?
Q8 ヘイトスピーチ・ヘイトクライムの被害を受けたらどうすればいいの?
ヘイトスピーチ・ヘイトクライム
司法はどう裁いたか
2009年の京都朝鮮学校襲撃事件から昨年8月の京都ウトロ放火事件まで、代表的なヘイトスピーチ・ヘイトクライム事案についての裁判の判決をまとめた。
1 京都朝鮮学校襲撃事件裁判
概要:2009年12月4日、「在日特権を許さない市民の会(在特会)」のメンバーらが京都朝鮮第1初級学校近くで「朝鮮学校を日本から叩き出せ」などと罵詈雑言を叫びながら、学校の備品を損壊。
判決:威力業務妨害、侮辱、器物損壊、建造物侵入罪で被告人4人にそれぞれ懲役1〜2年(執行猶予4年)。民事訴訟では、学校周辺での街宣禁止と約1200万円の賠償を被告8人に命じた(京都地裁、13年10月7日)。14年12月10日、1、2審判決確定。
特記事項:民事訴訟の1審では、被告の行為が人種差別に該当すると認定し、そのことが損害賠償額にも反映されるという画期的な判決が出された。2審では1審で考慮されなかった「被害者側の民族教育実施権の保護」を重視。京都朝鮮学園には「在日朝鮮人の民族教育を行う人格的価値」があるとし、事件によって「民族教育を実施する場としての社会的評価」が傷つけられ、「学校の教育環境」のみならず「民族教育を行う社会環境」も損なわれたことを理由として賠償を命じた。
2 徳島県教組襲撃事件裁判
概要:2010年4月14日、「在特会」会員らが、徳島県教職員組合が四国朝鮮初中級学校に送ったカンパは「募金詐欺」と言いがかりをつけ、同事務所に侵入。当時書記長だった女性と書記を囲み、「朝鮮の犬」「売国奴」などと罵詈雑言を浴びせ、肩を小突くなど暴行。
判決:傷害、建造物侵入、威力業務妨害で被告人全員に罰金20〜30万円、懲役8月〜2年(執行猶予3〜5年)。民事の1審では、「在特会」側に231万円の損害賠償が命じられた。2審は被告の行為を「人種差別的思想の発現」と断じ、1審を上回る約436万円の賠償を命じた。
3 李信恵さん対「在特会」裁判
4 フジ住宅ヘイトハラスメント裁判
5 京都朝鮮学園名誉毀損事件裁判
6 男子中学生ネットヘイト裁判
7 「ふれあい館」差別ハガキ事件裁判
8 ウトロ放火事件裁判
△課題は法整備、まずは現行法の枠内で対策を 師岡康子弁護士
ヘイトクライムの刑事裁判で人種差別撤廃条約により求められているのは、検察がそれを差別の問題として起訴して裁判で論告求刑するかどうか、裁判官が差別的動機を認定、考慮して量刑を重くするかどうかだが、民族・国籍差別事案についてはほとんどそのような例はない。そもそも裁判に訴えること自体が被害者にとって二次被害を伴う等大変負担が重い。…
ヘイトを許さない社会を~立ち上がる日本市民
ヘイトスピーチ解消法の成立・施行から6年が経ったが、日本各地でヘイトクライム、ヘイトスピーチは後を絶たない。神奈川県下の川崎、相模原で人種差別、民族差別の根絶のために取り組む市民たちを追った。
川崎:初の条例、「市民の力で、よりよいものに」
「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」の施行から2年。日本で初めてとなる刑事罰つきのヘイトスピーチ禁止条例に期待が高まった。この間、路上でのあからさまなヘイトスピーチは大幅に減ったものの、差別街宣は今も行われ、政治活動を装ったヘイトスピーチも繰り返されている。
2016年に設立された「ヘイトスピーチを許さないかわさき市民ネットワーク」(以下、かわさき市民ネット)は条例制定後も、運用の改善を市側に求めるなど条例をよりよいものにするための取り組みを続けている。…
相模原:「ヘイトの舞台」を「ともに生きるまち」へ
運動の広がりには他地域との連携も欠かせない。同じ神奈川県内の相模原市は条例制定に向けた正念場にあり、有志らの取り組みが続いている。
19年、本村賢太郎相模原市長は6月の定例会見で「川崎に引けを取らない厳しい形を取りたいとの思いがある」と相模原市での条例制定について言及。また、同年4月の相模原市議選に出馬した日本第一党の候補が各地で行った選挙活動にふれ、「ヘイトスピーチ的な発言」「聞くに堪えないような発言も多かった」と指摘した。相模原市では、日本第一党が市議選に3人の候補者を立て、18年からヘイト扇動を活発化させていた。…
△解消法施行から6年、変わる企業、行政
文公輝さん(NPO法人多民族共生人権教育センター事務局長)
職場で民族差別文書を配布し、在日コリアン社員を苦しめた、フジ住宅への賠償命令が最高裁で確定(9月8日、132万円の賠償と文書配布の停止)したように、2016年のヘイトスピーチ解消法(以下、解消法)施行後、司法の場においては同法が定めるヘイトスピーチが「違法行為」としてみなされるようになった。この流れの中で、企業や行政の中で、従業員や取引先がヘイトスピーチを行った場合、懲戒処分の対象にする、契約を打ち切るなどの事例が増えた。…
差別を“しない”人から“止める”人へ
インタビュー/一橋大「モヤモヤ本」執筆メンバー
昨年夏に出版された『「日韓」のモヤモヤと大学生のわたし』。一橋大学の現役大学生たちが日本と朝鮮半島の近現代史についてゼロから学び、語り合った内容をもとに編んだ歴史の入門書だ。これまでの経験を振り返りながら、「ヘイトの蔓延する社会で自分たちにできること」というテーマで語ってもらった。
※取材当時はいずれも大学院生
『「日韓」のモヤモヤと大学生のわたし』
編:一橋大学社会学部加藤圭木ゼミナール(監修:加藤圭木)
発行:大月書店
価格:1760円(税込)
私の体が燃やされたようでした
エッセイ/ウトロと私 具良鈺