vol.1 米国大統領選挙
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武市一成(拓殖大学外国語学部講師)
Q1:なぜトランプが再選したの?
A:2022年9月1日、米国のジョー・バイデン大統領は、フィラデルフィアの独立記念館の建物を背景に、「魂をかけた闘い」と題する演説を行った。25分程度の演説の中で、バイデンは「民主主義」という言葉を30回も使い、ドナルド・トランプと共和党内のMAGA(「アメリカを再び偉大に」の意味で、トランプ支持者のスローガン)勢力を、建国以来の「自由」と「平等」の理念を危機に陥れる「権威主義」及び「過激主義」であると糾弾して、共和党の「穏健派」を取り込もうとした。
しかし、バイデンの選挙戦撤退を受けて急遽候補者になったカマラ・ハリスは、民主党員の委任を受けたとは言えない候補者だった。共和党から、イラク戦争の中心人物でネオコン※1のディック・チェイニーの娘、リズ・チェイニーを協力者に仰ぎ、「不法移民」の弾圧強化を強調するなど、トランプの排外主義的戦略に迎合した。民主党支持者の77%がイスラエルへの武器援助停止を望んでいたにもかかわらず※2、イスラエル支持を表明し、アラブ系の多いミシガン州などで敗北した。パレスチナ系議員を含む民主党左派の多くがミシガン州で勝利し、ミネソタ州でも、ムスリム議員が75%の得票で勝利したことを考えれば、親イスラエルの姿勢が、ハリス敗退の要因のひとつだったのは間違いない。一方、トランプは、「不法移民の国外追放」や輸入品への高関税賦課などの過激な主張を繰り返した。実効性と現実性に乏しくとも、少なくとも「現状を変える」というメッセージを発していたことがトランプに有利に働いた。
大資本や軍産複合体と深く結びつく民主党は、米国の帝国主義的利害を代表している点では共和党と変わらない。毎週の家計のやりくりに「大変な困難を感じる」労働者は21%に及び、これに「やや困難を感じる」を加えると、全労働者の85%に達する※3。40%が緊急時に400ドルの資金を用意することが困難な状況にあると言われる※4。家庭が保有する株式の93%を上位10%の富裕層が占め、下位50%の株式保有は1%に過ぎず※5、市況が好調でも、労働者階級には恩恵がない。私が1990年代の後半を過ごしたニューメキシコ州アルバカーキ市においても、当時見当たらなかった路上生活者が、現在ではかなり目立つ。トランプが米国の理念を破壊しているのではなく、「努力すれば報われる」という米国の伝統的な理念を、現実が裏切っているから、トランプのような人物が大統領になると考えるのが妥当だ。
Q2:トランプ当選は東アジアをはじめ世界にどう影響するの?
A:イスラエル支援と対中国強硬政策は継続されるだろう。戦略上、ウクライナ戦争の「停戦」や、朝鮮との対話を模索するかもしれないが、第1期トランプ政権が成立した2017年当時とは異なり、現在はロシアがウクライナ戦争で主導権を握り、朝ロが強固な関係を築いているのに加えて、BRICSの台頭など、多極主義的な流れが強くなっており、トランプの動ける余地は狭くなっている。誰が大統領になろうが、覇権維持は米国の至上命題であり、トランプ政権の4年間は、日本のような従属国を動かして、朝中ロの対米ブロックを切り崩すために費やされる可能性が高い。
※1 ネオコン(neocon)は、自由貿易とグローバリズムを主張し、かれらが理想と考える米国的な「民主主義」 を非西洋諸国に拡大することを使命と考える米国の政治勢力。
※2 CBS News Poll, June 5-7, 2024.
※3 U.S. Census Bureau Household Plus Survey, Cycle 2, February 6-March 4, 2024.
※4 Report on the Economic Well-Being of U.S. Households in 2018, May 2019.
※5 Business Insider, October 20, 2024.