【特集】 春だ! ここにもトンポトンネ
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「トンポトンネ(동포동네)」は東京、大阪だけにあらず。佐賀、和歌山、長野、群馬…春を迎えて、イオでは同胞たちが暮らす日本各地に取材の足を延ばしました。赤ちゃんから80代の高齢者まで、それぞれの場所で助け合い、支え合いながら暮らしを営む同胞老若男女の姿を写真と記事で伝えます。
「これからもトンポトンネは続いていく」/佐賀
佐賀在住同胞たちが参加する花見が3月30日、ひょうたん島公園(佐賀市)で行われ、約30人が集まった。
2年ぶりの開催となった今回の花見は、佐賀の同胞たちが1ヵ所に集まり、互いにつながり、今後もそのつながりを同胞コミュニティの中で維持していこうと佐賀県青商会が主催したもの。晴天の下、小さい子どもから高齢同胞まで幅広い世代が一堂に会した。
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안녕! オリニたち
日本各地ですくすくと育つ同胞の子どもたちを一挙紹介します。5つの地域から、学齢前の子がいる家族5組に登場してもらいました。

和歌山の家族
羽ばたく未来の種
日本各地で同胞社会を盛り上げようと奮闘する同胞青年たち。
朝鮮学校の教員、朝青の専従活動家、そのほかにも、さまざまな分野で活躍しています。
明日の同胞社会を担っていくかれ、かのじょらの姿に迫ります。
金禮雅さん(22)
愛媛

本人提供
“ウリ”イルクンに!
朝鮮大学校を卒業し、今年度から在日本朝鮮青年同盟(朝青)愛媛県本部の活動家として社会人生活をスタートした。
愛媛県で生まれ育ち、四国朝鮮初中級学校(松山市)で学んだ。少人数学校がゆえになおさら同胞たちと触れ合う機会が多かったという。広島朝鮮初中高級学校・高級部へ進学後は、「同胞社会を守るための方法をまだ知らない」ことを自覚し、朝大政治経済学部への進学を決心した。
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これからも、この地で
日本各地でウリハッキョ(朝鮮学校)を守り、トンポトンネ(地域同胞社会)を受け継ごうと
日々奮闘している同胞たちがいる。和歌山の同胞社会、総聯長野・中信支部東北分会を紹介する。
この地にハッキョがあるから/和歌山同胞社会
自分ができることを
3月末の朝方、JR和歌山駅に到着し、県内唯一の朝鮮学校・和歌山朝鮮初中級学校(和歌山市、1958年創立)へと向かった。
「『力のある人は力で』ウリハッキョ(朝鮮学校)に貢献しようと言うが、掃除をする人は掃除で役に立ちたい」。そう話すのは、早朝から校内のワックスがけをしていた李元志さん(51、商工会副理事長)。自営業で清掃の仕事をしている李さんは、きれいな場所で入園・入学式を迎えてほしいという思いで、5年前から校内のワックスがけを毎年この時期に行う。
青商会時代にゴルフコンペを主催したときのこと。和歌山初中の気難しい先輩から、「お前が仕切っているなら俺が行けへんわけないやろ」と言われた。「いろんな人がハッキョのために振り向いてくれるのがうれしい。続けていたらしんどいこともあるし、楽しいこともある」。
総聯和歌山県本部の金尚一委員長によると現在、総聯県本部とつながりのある同胞は100世帯にも満たない。それでも同胞たちは県内唯一の学校を守り抜いてきた。
昨年4月には、民族教育対策委員会(以下、対策委員会)を新たに発足。ここに学校や各団体責任者らが網羅されており、学校をすべての事業の中心に据えた。結果、昨年度は寄付金・賛助金の目標額を超過して達成した。今後の課題は、行事の動員数を増やすことだ。
鄭善幸さん(42)は、県青商会の会長、分会長、そして対策委員会の事務局長など多くの「顔」を持つ。各団体の「調節役」として誰よりも多くの汗をかくが、愛校活動は「趣味」と語るほど、そこに向ける感情はポジティブだ。「ハッキョは和歌山同胞社会の誇り。意地でもハッキョを守り抜くという気持ちが和歌山同胞にはある」。
他方で、新たなつながりの形を模索するのは青年同盟だ。朝青和歌山では関西と関東の2つの支部に分け、居住地域に関係なく和歌山初中を卒業した同胞青年を包摂している。イベント「朝青の日」では、和歌山初中の子どもたちに学びの場の提供、給食作り、部活指導までする。曺良伊委員長(28)は、「他地方で暮らす朝青員も和歌山の子どもたちに思いを寄せている。今ハッキョに通う子どもたちはその気持ちを引き継いでほしい」という。
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「ここは第二の家族、心の拠り所」/総聯長野・中信支部東北分会
長野朝鮮初中級学校が位置する松本市一帯をカバーする総聯長野・中信支部。3月22日、同支部の東北分会が主催して、このたび長野初中や愛知朝鮮中高級学校、朝鮮大学校を卒業した生徒、学生たちを祝う集まりが行われた。この卒業生祝賀会は10年以上前から行われているという。この日、祝賀会の対象となる卒業生は4人が参加し、分会の同胞30人が卒業生を祝うために集まった。
同分会では卒業生祝賀会以外にも朝大実習生歓迎会、忘年会、新年会にいたるまで、同胞たちが集まるイベントをたびたび企画。朝大実習生歓迎会では、実習生が長野出身ではなくても歓迎と激励の意を込めて同胞たちが大勢集まるという。
分会長、地域青商会の役員、20代の若者、春休みで帰省中の朝鮮大学校生―祝賀会に参加した同胞たちは口々に地元愛を語った。
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時代とともに
在日朝鮮人1世から2世、3世、4世へと続く私たちの歴史。
変わりゆく時代の中でいつも変わらない同胞たちの居場所・トンポトンネ。
そんなトンネとともに歩んできた各地の同胞たちを紹介します。
間近で見てきた同胞社会の移り変わり
金和順さん(81) ●長野同胞生活相談所顧問
東京で生まれ育った金和順さん(81)は在日本朝鮮長野県商工会の理事長や総聯県本部の副委員長などを歴任した申寿哲さん(2023年逝去)と結婚したのち、申さんの仕事の関係で今から50年前に長野に移り住んだ。それ以来、在日本朝鮮民主女性同盟中信支部の宣伝部長、委員長、長野県本部の組織部長、本部副委員長、長野朝鮮初中級学校教員を務めるなど夫と同様、総聯の専従活動家として長野同胞社会と関わってきた。

和順さんが東京第一初中の教員だった時の一枚。当時の生徒たちと一緒に(本人提供)
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時代に合った形で、トンネを築いて
鄭末善さん(77) ●女性同盟奈良県本部顧問
1948年2月、奈良県宇陀市で7人きょうだいの末っ子として生まれた。日本による植民地期に朝鮮から渡ってきた父は戦時中、兵庫県から奈良県に疎開し農業に従事する。「貧農の家での暮らしはものすごく貧しかった」という鄭さん。同じ苦労をするのであればと、きょうだいのうち5人は祖国・朝鮮民主主義人民共和国に帰国した。
1956年、総聯奈良県本部が結成。その翌年から奈良、天理、桜井、吉野、宇陀など各地で支部が結成された。鄭さんによると、支部が結成される前から宇陀では同胞たちが7、8軒ほどの小さな朝鮮人部落を形成していた。また、日本の中学校の一室を借りた「名もなき学び場」があったという。「1世が子どもたちを集めては朝鮮の歌、ウリマル(朝鮮語)を教え、同胞たちの話を聞かせてくれた」とうれしそうに回顧する鄭さん。トンポトンネ(地域同胞社会)での生活言語はウリマルだった。

朝青奈良主催の川遊び(総聯奈良県本部提供)
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記事全文は本誌2025年5月号をご覧ください。