スポーツと政治・考
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11月号の特集は「スポーツと政治」を考える特集です。
昨日は今から約半世紀前の1964年の東京五輪に出場した元体操選手と会い、植民地期にオリンピックで金メダルをとったマラソンの孫基禎選手との交流や、後進への思いを聞いてきました。
スポーツと政治。。。どこか堅苦しいイメージも含んだタイトルですが、この取材に取り組みながら、人間が政治から自由であることは不可能だ、と感じています。
在日のスポーツマンが辿ってきた歩みを見ると、在日朝鮮人がスポーツの世界で頂点を目指そうとした時、まずぶち当たったのが国籍の壁、制度の壁でした。実力があっても、指導者に国籍変更を迫られ、これを蹴ると破門される、本国でも不当な審判を下される…。国籍、政治に翻弄されながらそれを突破してきた歩みが、昨今の日本の状況もあってか、胸に迫ってきます。彼らは「朝鮮人は2倍、3倍努力して当然」という先達の言葉を胸に、体にむち打ちながら、挑戦しつづけてきました。
外国籍者に閉ざされていた弁護士の門をこじ開けた故・金敬得弁護士のように、先輩たちは国家代表、インターハイ、国体への道を切り開いてきました。勝負の相手は、日本のスポーツ界や制度の壁であったし、時として在日の実力を認めようとしない本国の人でもありましたが、壁に体当たりしていく姿には清々しい感動を覚えます。
今や、外国人に閉ざされていた日本の「国体」で、大阪朝鮮高級学校の李健太くん(ボクシング)が6冠を目指すという前人未到の挑戦をしています。
朝鮮半島が植民地と続く戦争で疲弊するなか、スポーツの発展を願い、機材や資金を援助したのも在日朝鮮人1世でした。
今は実業家となった体操選手のTさんは、「お金を儲けたら他人と比較して持ち分で争いが起きるでしょ。でもスポーツは結果がすべてで、それを素直に受け入れられる。体操に関われたのは幸せだった」と話してくれました。冒頭に「人間が政治から自由であることは不可能だ」と書きましたが、特集では、一人の人間が政治から自由であるための「心のありよう」を描きたいと思っています。とても難しいことですが、彼らはスポーツを愛するがゆえにその壁を越えてゆくのです。
最後にこの間、多くのスポーツマンの雄姿を伝えてくれた3冊を紹介します。
安英学、鄭大世、李忠成ら、若きサッカーマンの果てしない情熱を描いた慎武宏さんの「祖国と母国とフットボール」(朝日文庫)。文庫版のあとがきは、若きサッカーマンへの愛情に満ち溢れていて、何度読んでもジーンとします。(年のせいかも)
その慎さんに紹介いただいたのが、大島裕史著「魂の相克-在日スポーツ英雄列伝」(講談社)。
日本と朝鮮半島に横たわる悲しい歴史の中で犠牲になった人は多かった。そのなかでも、若き才能を引き出し、挑戦の場を引き出した「人」の存在によって、在日社会で日本や本国を圧倒する選手や指導者が育ってきた事実をこの本は伝えています。在日朝鮮人に金メダリスト(柔道)がいたことも、恥ずかしながらこの本で知りました。
最近出版された「朝鮮学校のある風景」21号に載った「東京朝高・ボクシング部物語(1994~96年)」もぜひ読んでいただきたい一文です。インターハイ元年に朝高生だった高晟さんが、亡き恩師への熱い思いを胸に当時を振り返っています。(瑛)
Unknown
「魂の相克」は私も読みました。
植民地支配下における留学生の活躍・実情や、オリンピックなど大きな大会を巡る競技選手、指導者としての苦悩や選択、戦後の体育組織の運営や在日による支援等々、政治、歴史背景、国情を織り交ぜながら、じっくり読める一冊でした。