交流
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先週日曜日、母校である長野朝鮮初中級学校創立40周年記念行事が行われ、私も里帰りがてら松本の学校へと久々に足を運んできました。
私は松本から車で1時間ほど離れた場所に住んでいるので、その日はバスで学校まで向かうということでした。
バスに乗り込むと中はブザーボタンなどが付いた路線バス。中には同胞と日本の方たちも大勢乗っていました。聞くと日頃から交流を深めている労働組合の方たちで、今日はバスを格安で貸し切ってもらい、長野の学校へと共に来てもらうことになったということでした。
バスの中ではその方たちのあいさつなどもあり、朝鮮学校の経済状況の厳しさなども理解してくれていて、自分たちはたくさんのことはできないけれどこうして朝鮮学校に訪れて理解をもっと深めることはできるといったことを、話してくださいました。
創立記念行事は、幼稚園生から中学生までの児童・生徒の公演や同胞たちの公演また、売店なども出し、おおいに盛り上がりました。
帰りのバスの中では、日本の方たちもおおいに楽しんでくれたようで、特に子どもたちの公演が記憶に残ったと話していました。
母国語で公演をす子どもたちを見て、日本の子どもたちと区別するわけではないけれど何か違うものを感じたと語っていました。
そして帰りのバスの中では、また何か行事があるときはこうしてバスを共にして交流をもっと深めていこうと投げかけてくださいました。
帰りのバスはアカペラでのカラオケありと笑顔の絶えない帰路となりました。
同級生には半分ほどしか会えなかったのですが、日本の方々の熱い想いにも触れることができた記念行事はとても記憶に残るものでした。(愛)