四月革命から50年
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今日、4月19日は、韓国で学生たちが中心となり李承晩政権を打倒した「四月革命」の50周年目に当たります。四月革命は、1960年3月の大統領・副大統領選挙での不正がきっかけで、それまでの李承晩独裁政権に対する不満が爆発し、大規模な闘争へと発展したもので、多くの犠牲をだしながらも民衆の力で12年間にわたる独裁政権を倒した、まさに革命といえる闘争でした。
大学に入ってすぐに、関西の同胞学生たちによる四月革命○周年の集会とデモが行われました。大学生になるまで四月革命のことはまったく知らなかったので、非常に衝撃的でした。
当時、デモに参加した陳英淑さんは「時間がないのでお母さんにお会いできないで、出掛けます。学生達は、わが国の民主主義のために血を流します。お母さん!デモにでかける私を叱らないでください。……」というメモを残し家を出たまま警官の銃弾に倒れました。ある父親は「その日、おまえはどこで何をしていたのだ」という手紙を、デモに参加しなかった子どもに送っています。
ソウル大学の4.19宣言文は、「象牙の塔を蹴り破って街頭にでたわれわれは、疾風のごとき歴史の潮流に自身を参与せしめることによって、理性と真理、そして自由の大学精神を現実の惨憺たるやせ土の上に注がんとするものである。良心は恥じることを知らない。孤独でもない。永遠の民主主義を死守する者たちは栄光のみを感じる…。理性と良心の平和、そして自由への熱烈な愛の隊列とすべての法はわれわれを保障する」とうたっています。
四月革命は、翌年1961年の朴正煕の軍事クーデターにより未完に終わるわけですが、その後も南の学生たちは自主・民主・統一をめざして、時には命を賭して闘います。そんな南の学生たちの姿に、当時の私はいろんなことを感じ、その後の私もさまざまな思いを込めて南で闘っている人たちの姿を見続けています。
入学当時はまだ光州民衆抗争が起こっていなかったので、四月革命の記念日に行う集会が一番大規模なものでした。
今年の4月号に四月革命50周年に関する記事を掲載できなかったので、記念日に当たる今日、こうやってブログで触れることにしました。
さて、今日、月刊イオの5月号が完成しました。特集は「差別なき高校無償化を!」です。高校無償化法は朝鮮学校を排除して4月1日からスタートしましたが、この間の経緯、同胞や日本人の闘い、識者の意見などを掲載しています。
そして、光州民衆抗争30周年に関するエッセイも掲載しています。
ご愛読ください。(k)