母への道
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大阪で23歳の母親が1歳と3歳の子どもを家に置いて、育児放棄したあげく、家に閉じ込められていた子どもたちが亡くなった事件があった。この事件が数日頭から離れない。報道によると、数ヵ月前に離婚して一人で幼子を育てていた母親は「一人の時間が欲しかった」と話していたという。実の父や前夫の両親の「信じられない」というコメントも載っていたが、この類の事件が起きるたびに、なぜここまで追い詰められちゃったんだろう…という思いに駆られ、失われた子の未来が何によって奪われてしまったのかと考え込んでしまう。
すべての母親がそうだろうが、子どもを産んだからといって「母親」になれるわけではない。私も出産した数日は、新しい命を授かった喜びに包まれたものの、体の痛みに加え、目の前で泣き続ける赤子を育てられるか、今後生じるだろうさまざまな問題を背負っていけるだろうか、という不安が一気に押し寄せてきて、気がつくと頬に涙が伝っていたことがあった。
また数ヵ月後に職場復帰する時、わが子を保育施設に預けることを身内から咎められた時も辛かった。まだまだ「3歳神話」が根強く残っていることを感じたが、何より仕事を育児を続けようという気持ちはあっても自信がまったくなかったことが不安の最大の原因だった。振り返っても、子を抱えた女性が一人気張って仕事と家庭を両立できるわけがないと思う。「必ず戻ってきなさい」と背中を押してくれた同僚や日々の成長の不安を受け止めてくれた保育士さん、愚痴を言い合えた近所のママ友、おかずを届けてくれたり、子守りを引き受け「気晴らししといで」と時間をくれた家族の存在があってこそ、「母への道」を少しずつ歩むことができた気がする。
子どもたちが通う保育園には、保育士以外にも子どもたちのおやつや食事の支度、布団を敷いたり園内の掃除をする非常勤職員の方がいて、早朝から忙しく動き回っている。子どもを取り巻く「家事労働」が膨大であるゆえ、園児と遊んだり面倒を見る保育士と仕事を「分けて」いるのだ。非常勤職員の方は60、70代の方が多いのだが、子どもがぐずっていたり、こちらがイライラしている時、やさしく手を差し伸べてくれる。毎日テンパっている私はこの「一言」や「余裕」に触れるたび、「あー、こんなんじゃダメだ」と感情的だったり自分中心なわが身を振り返ることができるのだ。思うにこの「一瞬」があるかどうかだと思う。恥ずかしながら今朝もひと悶着あって、近所のおばさんに助けてもらった。
ただ、公的な保育施設だからこそ、人も雇えるが、家庭ではほぼ母親が家事を一手に引き受けている現状があるのではないか(父親の家事参加も増えているが、昨今の不況による長時間労働で父親はアテにできない、という現実があるのでは)。
私は冒頭に書いた事件のことで、母親を「犯罪」に向かわせた、とされる育児の大変さを強調したい訳ではない。大変なことはもちろん多いけれど、笑いと発見に満ちているのもまた子育て。その喜びを感じる一歩手前で子育てを放棄してしまった23歳の母親の生活状況や、その子どもたちが置かれてしまった最悪の事態を思うと、そこに行き着くまでに家族が、友人が、近所の誰かしらが、助けてあげられなかったのか、ということが悔やまれるばかりなのだ。
年間4万件を超える「児童虐待」を減らす道は決して「通報」だけではない、と思うのです。(瑛)