年賀状を見ながら
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一昨日、テレビを見ていると、90年代のバブルの時代に戻ってしまうというドラマがやっていました。
忠実に90年代初めを再現していて、小物や街並み、人々の服装など見ていてとても面白かったです。
90年代初めといえばたった20数年前の昔ですが、だいぶ時代が変わったな~としみじみ。
あのころは携帯電話も一般に普及はしてなく、
連絡手段といえば手紙、もしくは家の電話や公衆電話、駅の掲示板を活用していた時代。
寄宿舎生活を送ることが多かった私たち兄妹も、しょっちゅう手紙のやり取りをしていました。
そういえば文通なんていうのも流行りましたね。
90年代初めに朝鮮大学校の学生生活を送った姉の話しによると、恋愛の仕方もだいぶ違ったとかで、
遠距離恋愛をする友人は公衆電話にがんばって並んで話したり、
好きな相手を呼び出すときは人づてに頼んだりと結構大変だったと聞きます。
(でも、それはそれで私たちの時代からすると楽しそうな気がする。。。)
待ち合わせして遅れようものなら、大変な危機意識を持って、急いで向かった思い出もあります。
インターネットもなかったので、調べ物は辞書を片手にコツコツと勉強をしていた。
いまはネットも携帯もあるので、気になるとサッと探せてなんて便利なんだ!!と思ってしまいますが、
その分苦労もなく、それって今の子どもたちにとってはどうなんだろうかともふと思います。
不便だったけれど、不便さのなかに試行錯誤や創造性があったんじゃないかなと。
先日実家の整理をしていると、手紙の束がごっそりでてきました。
寄宿舎や社会人生活を送っていた姉たちとの手紙のやり取りや、ソルマジ公演に行った時に父や母から送られてきた手紙の束、そして学生時代にかわした年賀状等など。
ひとつひとつをまた読み直してみると、その時代の光景がよみがえります。
すべてメールですませてしまうこの時代。やっぱりやっぱりメールより手書きの文字の方が私にはしっくりきます。
年始、友人たちからの年賀状が届きました。
それらを見ながらほんわかした気持ちに立ち戻った次第です。(愛)
手紙はいいですね。
私も病気で手の震えから、長文の手書きが出来なくなるまでは、直筆で便箋10枚でも書いていましたが、今は郵便も全てパソコンでの作成になってしまいました。
25年位前の雑誌には、必ずと言っていいほど文通相手募集の欄があったことを、覚えています。
それでよく色々な方と手紙のやり取りをしていましたが、お互いに転居や道が分かれたりする中で、今ではその方々ともすっかり音信不通となってしまいました。
まさに今となっては、青春の1ページなのですが、私の場合はあまりにも転居をしていく中で、その手紙を紛失してしまい、今では読むことさえ出来ないのが、非常に残念でなりません。
朝鮮にも
年賀状の習慣は残っていますか?
朝鮮との間で、年賀状を取り交わしたりもするのでしょうか?
Unknown
(デンセンマン)さん、コメントありがとうございます。直筆で便箋10枚とはすごいですね。直筆でもパソコンの作成でも、手紙というものは心がこもってて、素敵だと思います。