お酒に歴史あり
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朝鮮滞在63日目。
平壌はここ最近、連日雨降りの天気で涼しい日が続いている。
以前、このブログで「近頃まったく雨が降っていない。心配だ」と書いたが、実はその直後から雨が降り始めた。梅雨入り後は、今まで降らなかった分を吐き出すかのような連日の雨。ただ、湿気が少ないので、ひどく濡れさえしなければ不快感はない。6月末までは30度を超える日も多かった気温も最近は24~27度で推移し、とても過ごしやすい。
九州での集中豪雨や日本各地で続く猛暑のニュースを聞きながら、あと数週間で日本に戻った時のことを考えた。あの地獄のような夏を過ごさなければいけないと思うと気が滅入ってくる。
すでに「イオ」8月号を手に取った読者の方々もいると思うので、今回のブログは8月号の特別企画、「朝鮮半島のお酒」の取材こぼれ話などを(実は、出来上がったものをまだ見ていないので、最終的な企画のタイトルもわからない…)。
この企画は、朝鮮半島の北と南の銘酒を20種類ほど紹介し、お酒にまつわるあれこれも現地取材で伝えようというもの。平壌に滞在中の私は北の取材を担当することになった。
お酒が入る場は好きだが、お酒そのものは決して好きだとはいえない。正直、お酒は「酔えればいい」というクチだし、さまざまな銘柄を試飲して味を言葉で説明するなんて…。国内最大のビアホールで現地の人とビールを飲みながらビール談義を交わすなんていうのも荷が重いなぁ…。と、一抹の不安を覚えながらも、とりあえず取材開始。
まずは、朝鮮民主主義人民共和国で有名なお酒の銘柄10数種類をセレクトすることから始める。ビール、焼酎、ワインなど種類別にバランスよく選ぶこと、そして各地方産の銘酒も選ぶことを心がける。さまざまな人々の意見を収集し、過去の地方取材での記憶も頼りに14種類を厳選チョイス。
ここで問題発生。すべての銘柄が平壌で手に入るわけではない。言うまでもないが、インターネット注文もお取り寄せサービスもない。
さて、どうする。
まず考えたのは、平壌滞在中の在日同胞で親戚訪問のため地方に行く人などに頼んで、その土地のお酒を買ってきてもらう、という方法だ。新義州や咸興、元山など地方の中核都市だと、その道の名産酒はだいたい手に入る。しかし、うまい具合に現地を訪れる人を探せなかったので断念。それなら、と次善の策として近距離限定で自ら足を延ばすことを検討。(沙里院なら車で片道1時間ほどだし、あそこにはおいしくて有名なマッコリもある)。だが、お酒1本を買うだけのために、比較的近いとはいえ貴重なガソリンを使っていいものかどうか逡巡した挙句、これも断念することにした(今では、行かなかったことを後悔している。どうせやるなら徹底的にこだわるべきだった、と)。
結局、平壌市内で手に入りそうなお酒限定で、セレクトする銘柄を再検討。
その後、品揃え豊富な商店に出向きお目当ての銘柄を購入することに。だいたいは手に入ったが、一部の銘柄に関しては取り扱ってないか、売り切れて再入荷の日が未定という答えが返ってきた。ならば、と市内のめぼしいお店を数店舗回ってさらにゲット。しかし、最後の1つだけが見つからない。手当たり次第に回っても時間とガソリンの無駄遣いになるので、製造元に電話して卸し先を調べることに。すると、市内に1店舗だけ在庫があるという情報が! 車を飛ばして、お目当ての品を何とか手に入れた。その瞬間は、「『幻の銘酒』ゲット!」と叫びたくなるほどの達成感があった(実は「幻の銘酒」でも何でもないのだが)。
全ての種類を揃えた後は、銘柄ごとに写真を撮る。静止物撮影は苦手だ。ビンに写り込むものが周囲にない場所で、白い壁などを背景に、明るい照明のある場所で… そんな場所はここにはない(汗)。朝鮮新報平壌支局の入る平壌ホテルの中をうろうろ。何とかそれっぽい場所を探して、撮影開始。結果は、全然ダメ。周囲の景色がビンに写り込む、撮影対象物本来の色がうまく出ない、明るく写らない、(ああっ、もう!)。時間を変えて、場所を変えて、カメラの設定数値もいろいろいじってみる。数日間悪戦苦闘しながら何とか撮影終了。自分のセンスのなさにほとほと嫌気がさした。
そして、全銘柄を並べて現地ガイドのYさんとともに試飲開始。「うわー、きついな」「これは飲みやすい」「アルコールの味しかしないですね」「うん、これは確かにワインだ」、などなど。こんな言葉しか出てこない現実に、2人で顔を見合わせ愕然とする。これはまずい、ということで、お酒の味に詳しそうな人を探してきてアドバイスをもらう。
さらに困ったことに、朝鮮のお酒はラベルに製造元、原料、アルコール度数といった基本的な情報しか記されていないので、その銘柄に関する説明を書こうとしても情報がない。もうこれは製造元に聞くしかない、ということで、各工場に手当たり次第に電話をかけ、担当者を探し、名前の由来や製造開始年度、つくり方や味の特徴、ラベルのデザインにいたるまで情報収集(もちろん、私が直接問い合わせることはできないので、Yさんに取材を代行してもらった)。工場によっては担当者が不在だったり、こちらの問い合わせに満足な答えが返ってこなかったりと、わずか100字の説明文を書くのに2~3日を要したものもあった。
こんな苦労話だけ書いておいて言うのも何だが、今回の取材はとても楽しかった。ビアホールで一般市民にまじって昼間からビールを飲み、語り合い、酔っぱらう(あくまでも仕事の一環)。取材に協力してくれた人々は、「こんな機会でもないと、在日同胞とお酒を飲んで話をするチャンスなんてないから」と記者をあたたかく迎えてくれた。
取材の過程であらためて感じたこと、それは、お酒にはその国や地方の歴史や文化がたくさんつまっている、ということ。企画には直接関係ない内容でも、興味深い話はたくさんあった。お酒と人にまつわる話は聞いていて飽きない。お酒を通じて、この国の人々のことをより深く知ることができたのではないかと思っている。
さて、買い込んだこの大量のお酒、どうやって処理しようか。目下の悩みだ。数本は空けたが、まだたくさん残っている。何本か日本にお土産として持っていこうかとも考えたが、酒類は制限もあるし、何より制裁中なので税関で丸ごと没収されるのがおちだろう。市内在住の親戚や周囲の人々にあげて、残りは毎日ちびちびと飲んでいこう。(相)