「はだしのゲン」と朝鮮人
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漫画「はだしのゲン」を、島根県松江市の全小中学校が、児童生徒らに自由に見られないようにする閉架措置としていたことが2週間ほど前から問題となっています。
「はだしのゲン」は、去年12月に亡くなった被爆者で漫画家の中沢啓治さんが、自らの被爆体験をもとに描いた作品です。1973年に週刊少年ジャンプで連載が開始されました。わたしも中学時代にリアルタイムで読んでいました。原爆により皮膚がドロドロになってさまよう人々やウジがわいてあちこちに放置された死体など、その表現が非常に衝撃的でした。
読んだ方はわかると思いますが、「はだしのゲン」は単に原爆の悲劇を描いた漫画ではありません。日本の加害性を明確にしています。
今回の騒動については広く報道されているので詳しく内容は繰り返しませんが、発端は昨年8月に一部の市民が「ありもしない日本軍の蛮行が描かれており、子どもたちに間違った歴史認識を植え付ける」として学校図書室から撤去を求める陳情を市議会に提出したことのようです。その陳情自体は不採択となりましたが、12月、松江市教育委員会が漫画の内容を改めて確認し、「首を切ったり、女性への性的な乱暴シーンが小中学生には過激」と判断して、校長会で「はだしのゲン」を閉架措置としできるだけ貸し出さないよう口頭で求めたとのことです。
今回の騒動の問題点について、図書館使用の権利の問題、閉架措置を決めた手続きの問題など、様々な人たちが様々に指摘しています。しかし、問題の本質は、日本社会における歴史修正主義の拡大にあると思います。安倍首相が日本軍「慰安婦」問題の河野談話を否定しようとしていること、学校教育の中から日本による侵略や植民地支配の歴史を後退させる、「君が代」・日の丸を強制する、憲法9条を変えようとする、テレビを見れば露骨に自衛隊を美化する番組が放送される―などなど、日本の右傾化の中で歴史修正主義の現象が噴出しています。過去の歴史にきちんと向き合い積極的に次世代に伝え二度と過ちを犯さないようにするというのが、日本が本来とらなければならない態度ですが、まったく逆のことをやっているのが今の日本です。今回の騒動もその一つの現れだと言えるでしょう。
26日の月曜日、松江市教育委員による臨時会議が開かれ、閲覧制限の撤回を決めました。多くの抗議が寄せられ署名も集められた結果ですが、当然のことです。しかし、今度は歴史修正主義者たちからの逆の抗議が起こるかもしれません。今回は大きな社会問題になりましたが、「歴史を歪曲している」という抗議により表現が変えられたり出版・閲覧が制限されたりということが知らないところで起こっているかもしれません。社会全体の空気がそうなっている。実際、教科書の内容がどんどん後退しているわけですから。いまの日本で、大手出版社の少年漫画に「はだしのゲン」のような作品が連載されるなんて考えられないのではないですか。
こんな当たり前のことばかり書いていてもつまらないので、「はだしのゲン」に関してちょっと違った話を書きたいと思います。
「はだしのゲン」には朝鮮人の朴さんも登場します。早くから朝鮮人被爆者が2重3重の苦しみの中にいたことを描いた画期的な作品だと言えます。中学生の頃、朴さんが出てくるくだりをどのような気持ちで読んでいたのか、まったく思い出せませんが、中学生のわたしの心に様々な波紋を起こしたことでしょう。
作者の中沢啓治さんには、1994年に某雑誌の編集部にいたとき、インタビューしお話をうかがったことがあります。今回もまた、当時の某雑誌のインタビュー記事を紹介したいと思います。朴さんの思い出についての部分を、ちょっと長いですが引用します。
「僕の家の裏に住んでいたんです。そこの子供で同級生のチュンチャナという子がいて、チュンチャナ、チュンチャナと言っていつも遊んでいたんです。朴さんの家に行くとうどん粉を溶いてフライパンで焼いて食べさせてくれたりね、よく可愛がってもらったんですよ。当時は朝鮮人差別がひどいときでしょ、朝鮮人は人間じゃないという感じで。僕もそれに感化された一人だけど、おやじにそれを厳しく叱られてね。どういう経緯で朝鮮人が日本に来たのかと、よく聞かされました。一般の日本人の子とは違って、おやじの教育が非常に入っていたんです。でも、僕の仲間は朝鮮人、朝鮮人と囃し立てるでしょ。するとチュンチャナは悲しそうな顔をする。僕なんかも仲間と一緒にいるとすぐそういうのに流されていってしまう。本当に恐ろしいと思いますよ。
今もチマチョゴリを着た朝鮮の生徒が襲われるのは、そういう人間がまだいるということですよね。歴史を知らないというのは日本人として本当に恥ずかしいことなんですよ。歴史をきちんと知ってればそういうことは絶対にできないはずなんですよ。無知だと親が朝鮮人を馬鹿にする、それを子供が真似をする。それが堂々巡りして現在まで来てるわけですからね。歴史はきちんと教えないといけない。たたき込まれた朝鮮人蔑視とか差別、日本人は優秀で朝鮮人は劣るんだと、そういう考えが染みこんでいる日本人はまだまだたくさんいます。」
インタビューの内容を見れば、中沢さん自身が自らの加害性についてちゃんと向き合っていることがわかります。
今回の騒動があって改めて調べてわかったのですが、「はだしのゲン」が完結するのが1985年なんですね。もしかすると、わたしは「はだしのゲン」を最後まで読んでいないのではないかと不安になりました。これを機会に、単行本を読んでみたいと思います。(k)
Unknown
しかし、問題の本質は、日本社会における歴史修正主義の拡大にあると思います。
まったくそのとおりですね。
経緯についても陳情内容と違う理由で閲覧制限したことになっているのもそもそもおかしいわけで、これは陳情理由を認めれば「どこが間違っているのか」を市議会なり教委なりが問われることを避けたに過ぎない欺瞞だといえるでしょうね。
抗議自体の構図は「朝鮮学校に補助金を出すな!」という各市に対する右翼のそれと同類のものです。
もうすぐ9月1日
関東大震災の時流言飛語を流し多くの朝鮮人が虐殺されたことを忘れてはならないと思います。朝鮮人蔑視・差別は支配者が国民の不満をそらすために仕掛けたものだと思います。
図書の隠蔽
松江の公共図書館は、かつて小泉八雲全集の一部を閲覧不能にしました。非差別部落のことが書かれている作品のある巻でした。作品は差別とは逆に、部落民が伝えている文化をフィールドワークした記録でした。書籍の隠蔽を決めた人の心に部落民の差別が根付いているために起こった措置でした。
今回の措置と同一母体が起こしているものかどうかはわかりませんが、松江にはそうした雰囲気(自由で先取的な思想発言を隠蔽したいという)が根付いていることも注意しておかねばならないと思います。