「フォト・ドキュメンタリー 人間の尊厳 ――いま、この世界の片隅で」
広告
本の紹介です。
本書は、2013年9月にフランスで開催された世界最大規模の報道写真祭「ピザ・プール・リマージュ」で、日本人初の最高賞(報道写真特集部門)を受賞した気鋭の写真家が、6ヵ国での取材を記録したもの。筆者は自分と同年代の女性ということもあり、その丹念な仕事、勇猛果敢な志に大いに刺激を受けた。
結婚や交際を拒否したり、浮気の疑いをかけられたりした女性が、男性や近親者から報復として顔に硫酸をかけられる事件が頻発するパキスタン。独裁政権が20年以上続く中、報道の自由がないガンビア。他にもリベリアの難民問題やカンボジアのHIV感染問題、震災による原発災害に苦しむ福島など、本書では理不尽な国内外情勢や慣習に苦しむ6ヵ国の人々の姿を紹介している。
中央アジアに位置するキルギスにおいては、女性が突如拉致され、強引に結婚させられる「誘拐結婚」が多発しており、現地のNGOによれば、既婚女性の30~40%が誘拐で結婚しているという。
キルギス語で「誘拐結婚」は、「奪って去る」という意味の「アラ・カチュー」と呼ばれる。恋愛関係にある女性との結婚を急いで誘拐という手段を使うケースもあれば、数回会った程度の顔見知りや、全く面識のない女性を道端で突然誘拐するケースもあるという。しかしほとんど会ったことのないケースが全体の約3分の2を占めるそうだ。1994年に法律で禁止されたものの、誘拐は現在も絶えず続いており、誘拐された女性たちの間で自殺者が出るなど、キルギスで深刻な社会問題となっている。この事実は世界でどれだけ周知されているだろうか。
著者は取材を通し、違法である誘拐結婚がなぜなくならないのか、その原因にも迫っている。それは古くから伝わる慣習として社会の中で受け入れられているからだと説明する。誘拐結婚は「伝統」だと話す人々もいるが、それについては、20世紀に入って経済活動や社会システムが急変する中で、女性に対する教育の機会が与えられたり、男女平等の意識がキルギス社会に芽生えを背景に、それまで親が決めていた結婚相手ではなく自由に相手を選びたいという意志が生まれ、その結果として増えた駆け落ちが、ここ半世紀の間に暴力的な「誘拐結婚」の形に捻じ曲げられ、「伝統」と見なされていったという。
キルギス社会において一度入った男性の家から出るのは「純潔を失った」と見なされ、「恥」であるとされる固定化されたジェンダーバイアスの中で、無力化され、結婚を受け入れていく女性たち。著者はかのじょら一人ひとりと向き合い、底辺に埋れた小さな声を掬い上げている。
「誘拐結婚」させられた女性たちのポートレートや硫酸で顔を焼かれた女性、難民キャンプで感染症の治療を受ける乳児など、掲載されている多数のカラー写真は衝撃的だが、被写体と丁寧に寄り添い、直視すべき現実を真正面から捉え伝えようとする写真家の気概が伝わってくる。(淑)