ユダヤ生まれの妻、ユーディット
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東京演劇アンサンブルの、「第三帝国の恐怖と貧困」を観劇しました。
私は、一人の登場人物にしぼって書きたいと思います。
ナチス政権下のドイツを舞台とするこの芝居には、30人の登場人物がいて、そのほとんどがドイツ人です。一般庶民や裁判所判事、突撃隊員、科学者など様々な境遇、立場の人々が登場し、ファシズムが急速に勢いを増していった当時のドイツで生きる人々の息苦しさ、侵略戦争に加担させられていく姿が、社会の様々な側面から描かれています。
劇中、唯一ドイツ人ではない登場人物が、上流階級のドイツ人医師と結婚したユダヤ人の妻・ユーディットです。
第7場。
ときはニュルンベルク法(ユダヤ人のドイツ人との結婚、性交渉の禁止。この法律によって明文化された差別は、国家的な虐殺へと進行した)が施行された1935年。フランクフルトで暮らすユーディットは、迫り来る自身と夫への迫害を逃れるため、夫と離別し、単身外国へ旅立つことを決め、知人に別れを告げます。
受話器を取って次から次へ、友人たちに。そして、最愛の夫に…。
場面の終盤に夫が登場するまで、暗い壇上にただ一人、延々と長回しの台詞が続きます。
ユーディットを演じたのは、在日朝鮮人の友人である洪美玉さんです。
私はこの配役に、特別な意味付与をせずにはいられませんでした。
現代日本を生きる在日朝鮮人がナチス占領下のユダヤ人を演じることに役者自身、苦しみ、葛藤、孤独はなかったのだろうか―。
ユーディットが、富裕層であるという設定も重要なファクターの一つです。
「私は今ほどユダヤ民族主義的だったことはない」という台詞には、何不自由なく育ったユーディットが、迫害されることでユダヤ人としての抵抗精神を覚醒させていったことを表しています。
美玉さんは、追いやられることでユダヤ主義に目覚めていくユーディットが、演劇を通して日本社会や民族に対する目を開かされていった自分と重なったと話していました。ボロボロ泣きながら練習し、本番はガチガチに緊張したと言います。
いやが上にもユーディットと自身がシンクロし、演者として、在日朝鮮人として、葛藤があったと想像します。
ある日本人の劇団員は、「単に声や涙を抑えるという芝居上の表現ではなく、洪が葛藤を経て演じていることを、団員自身にも、観客にも知ってほしい」と話していました。
美玉さんは今回の演劇に、在日朝鮮人の友人・知人らがたくさん観に来てくれたのがほんとうにうれしいとも話していました。「第三帝国の恐怖と貧困」、上演は22日まで。同胞の皆さんには、美玉さん演じるユーディットをぜひ観てもらいたいと思います。(淑)