本家本元の味
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写真のケーキの名前を知っているだろうか。
そう、ザッハトルテ。
スイーツ大好きな人間はもちろん、ある程度食べたことがある人はたぶん知っているだろう。まったく興味のない人は知らないかもしれないが。
1832年にオーストリアの首都ウィーンの菓子職人フランツ・ザッハーが考案した、世界で最も有名なチョコレートケーキ(と言われている)。フランツの次男がホテル・ザッハーを開業すると、ザッハトルテはそこのレストランとカフェで提供され、広く知られるようになった。
チョコレート味のスポンジケーキにアプリコットのジャムを塗って、全体をチョコレートでコーティングした、これみよがしに甘そうで重厚なたたずまい。砂糖を入れずに泡立てた生クリームを添えて食べるのがウィーン風らしい。
ホテル・ザッハーはウィーン国立歌劇場の隣にある5つ星ホテル。今ではこのホテル自体が一つの観光地と化している。ザッハトルテとメランジェ(ウィーンの典型的なミルク入りコーヒー)で12ユーロほど。普通のカフェより少々高めだが、ザッハーのような歴史のある高級店でもこの程度の値段で食べることができるので、安心ではある。
これまで日本で何度か食べたことはあるが、春にウィーンを訪れた際に本場のものを食べてみた。やはり違う。今では「チョコレートケーキの王様」と呼ばれ、世界中のさまざまなお店で提供されているが、オリジナルのザッハトルテはここのものだけ。要するに本家本元なのだ。
このザッハーがウィーンの名門店デーメルと本家争いをしたというのは有名な話。「ザッハトルテ戦争」と呼ばれる事件のあらましを説明するとこうなる。
1930年代、ホテル・ザッハーが経営難に陥った時、当時のオーナーであるエドワルド・ザッハーがオーストリア王室御用達の有名ケーキ店・デメルに助力を頼んだ。ザッハーはその援助の見返りとして、デメルでもザッハトルテを作って売ることを許可した。 しかしエドワルドの死後、ザッハー側からデメルを相手取って商標使用と販売の差し止めを求めて裁判が起こされた。7年におよぶ裁判の結果、「どちらもザッハトルテを生産販売をしてもいいが、オリジナルの標示は、どちらか一方だけにする」という判決が62年に出され、決着。 その結果、ホテル・ザッハーのものをオリジナルザッハトルテとして販売することになった。
なぜ唐突にケーキの話題なのか―。本誌8月号で同胞パティシエを取り上げる企画を組んだので、その宣伝も兼ねて、私もケーキネタを投稿してみたというわけだ(私自身は今回の企画に直接携わってはいない)。パティシエ企画なので、当然、各パティシエさんたちが作った自慢のスイーツが誌面を飾っている。
歴史が刻まれてこそ、「食」ははじめて文化になる。それが誕生する瞬間に立ち会うことは容易ではないが、そんな文化にもっと多く触れたい、そう願っている。(相)