日田市の豪雨災害と取材の思い出
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今年の夏は雨がよく降った。「東京で20日連続で雨」などとニュースが流れ、各地で豪雨による被害が出ている。
被害が大きかったのが、九州北部豪雨。7月5日から6日にかけて、集中豪雨が発生して、福岡県、大分県で甚大な被害、犠牲となった人も多く出た。
九州北部豪雨で被害の多かった地域に大分県日田市がある。
大分県日田市には3度、訪れたことがある。1998年、1999年と、もう20年近く前のことだ。
日田市で毎年5月に「日田川開き観光祭」というイベントが開かれるのだが、その際には、1万発の花火が上がり、町中が盛り上がる。その目玉イベントの一つに、市民らが様々なチーム(芸能隊)を作り、踊りながら街を練り歩くというものがある。その芸能隊のひとつとして、在日朝鮮人と日本の市民が合同で「TEAMアンニョン」というチームを作って出場した。それがスタートしたのが97年からで、98年、99年とその模様を取材したのだ。
TEAMアンニョンを組織したのは、日田市で朝・日友好のために活動していた「ムジゲの会」。当時のイオの記事を読むと、ムジゲの会の花見に110人が集まったというから、友好の輪が大きく広がっていたことがわかる。活動は、学習会や朝鮮料理の教室、福岡の朝鮮学校訪問や夏期学校と多彩で活発だった。日本人は学校の先生方が中心となっていた。
芸能隊で練り歩く時には、男女全員がチョゴリを着て、チャンゴを叩きサンモも回す。福岡から九州朝鮮歌舞団も参加していた。本番の2日ほど前から現地に入って、準備も手伝い飲み会にも参加した。98年に続き、99年もぜひ取材してほしいということで、2年連続での訪問となった。本番の踊りや花火が圧巻、日田市の人たちとの交流が深まり、忘れられない取材となっている。
踊り手は小学生以下の子どもたちが多かった。今はもうみんな成人している。中心となって活動していた日本人のK先生とはその後も唯一、連絡を取り合っていたが、2年前の年末にガンのために亡くなられた。あの時に活動していたその他の日本の方たち、また同胞の方たちは、いまどうしておられるだろうか。
日田市での豪雨被害のニュースを聞いたときに、当時、お世話になった日田市の方々の顔が思い浮かんだ。どのような被害に遭われたのか、わからないが、元気でいてほしいと願っている。(k)