“生涯現役”――朴日粉さん出版記念会
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朝鮮新報社で40年以上も記者活動を続け、今年5月末に退職した朴日粉さん。同月には、朴さんが在職中に出会った著名な日本の方々へのインタビューをまとめた書籍『過去から学び、現在に橋をかける ――日朝をつなぐ35人、歴史家・作家・アーティスト』が出版された。月刊イオ8月号にも書籍の紹介と著者へのインタビューが掲載されている。
9月28日、新宿の京王プラザホテルで出版記念会が行われた。朴さんの友人たちが呼びかけ人となり、各界各層の方々がお祝いに集まった。
100万部以上のベストセラーとなった『もの食う人びと』の著者である辺見庸さん。同作が新聞で連載されている頃から辺見さんのファンだった朴さんがインタビューを依頼したことがきっかけで出会ったという。
「私が近代の日本の動きに関心を持つようになったのは、韓国の『慰安婦』のハルモニたちと出会ったことが大きい。今まで自分が読んできたものの数百倍、数千倍のものを生身の人間たちに教えられ、思想やものの考え方を根本から変えてくれた。朴さんと会っていると、どうしてもその感覚が重なる。朴さんからはたくさんのことを教えてもらったし、これからも教えてもらいたい」
大阪から駆けつけた詩人の李芳世さんは、舞台に上がって「今朝、新聞で泣いている女の子の写真を見た。新幹線で東京に向かう間中、ずっとその女の子のことを考えていた」と話し始めた。出版記念会の前日にあった、大阪無償化裁判控訴審判決言い渡しについて報じる記事だ。
「私は、1923年に起こった関東大震災の話が忘れられない。当時、朝鮮人がたくさん殺されたが、なかには朝鮮人を針金で電信柱などにくくって、『殴るなり蹴るなりどうぞ』という看板が立てられることもあったという。その前を通る人は、唾を吐き、竹槍で刺し…。その話を聞いた時、『この人たちはなんど朝鮮人を殺したら気が済むのか』と思った。今朝、新聞に掲載された女の子の写真を見ながら、この気持ちに通じるものを感じた」
「私は、日本が大っ嫌いです。でも日本の人たちは大好きです。この本は、改めてそんな気持ちを持たせてくれる本だった。許せないことは許せない、と毅然とした人たちの言葉を取り上げた本。出版、本当におめでとうございます」
乾杯のあと、引き続きたくさんの人が登壇し祝辞をのべた。
朴さんの書籍でも紹介されている詩人の石川逸子さんは、「朴さんは、偏見にとらわれない視線でいつも様々なことを教えて下さる。いま、日本がアジアから孤立しそうな時だからこそ、日本の若い人たちにこの本をぜひ読んでほしい」と話し、自身の詩「少女」(韓国の「少女像」をモチーフにした作品)を朗読した。
フリージャーナリストの中村一成さんは、「いまの日本の政権は、言葉を踏みにじることを基盤として成り立っている。そんななか、このような本を出してくれて感謝している。自分の譲れない一線について言葉を刻んでこられた、それぞれの人の思想の言葉が載っている」と書籍について話したあと、やはり先日の大阪無償化裁判控訴審判決について言及した。
「昨日の判決はひどかった。こんなに荒れた法廷は初めて見た。裁判官がいる間に言葉を投げつけてやりたいという感じで、オモニたちが罵声を飛ばしていた。生徒たちは法廷の中では毅然とした態度だったが、外に出た途端に泣き崩れていた。裁判官にはその姿を見せたくなかったんだろう。だれもかれもが大声を出していた。でも、『負けない、負けるわけにはいかない、負けるわけがない』と、すでに色んな動きが出ている」…。東京に向かいながら改めて書籍を開いたという中村さんは、最後に実感を込めて「この本にまた力をもらった」と話していた。
続いて、神奈川新聞の石橋学さんが発言。石橋さんはちょうど今月、朝鮮民主主義人民共和国を訪問したことについて紹介した。
「今回訪朝して、いかに私たちの目が歪んでいるかということを感じた。それは自分も携わっている日本のメディアが歪ませてしまっているもの。日本のリベラルといわれるジャーナリストですら、訪朝してまでも『平壌には生活が感じられない』『ビルなどがハリボテに見える』と言っているのを聞いて愕然とした。日本には歴史的な責任があるという認識が全くなく、むしろ朝鮮への蔑みの目線と重なっている。昨日の大阪判決も本当に恥ずべきものだった。朝高生たちにはかけられる言葉が見つからない。でも、もし何かの言葉をかけるとするなら、朴さんの本を手渡して『この本を読んでごらん、このような言葉を紡いで日本社会を正そうとしている偉大な先輩たちがいるんだよ』と言ってあげたい。またそれよりも、それは私自身がやらないといけないことだとも感じている。勝手だが、私は朴さんからバトンを受け取ったと思っている。いつも背中を押してくれることに感謝したい」
女性同盟東京都本部の趙英淑委員長は、30年来の友人として挨拶に立った。取材を通して知り合ったという趙さんは、朴さんの人柄についてのべながら「こういう人と出会ったことがなかったので衝撃的だった」と言い、笑いを取った。また、長年交友を深めながらたくさんの話を交わす過程で印象的だった朴さんの名言を3つ紹介。
「一つは、『そんなのはどうでもいいことだよね』。朴さんは本質的でないことには関心がない。前向きで積極的で、話していて楽しく、希望が湧いてくる。二つ目は『家父長制だよね』。女性の不利益などにいつも怒りを表していた。そして最後が『おじいちゃんの話はつまらない』(笑)。特に昔えらかったおじいちゃんの話はつまらないと言っていました」
趙さんは、朴さんの過去の書籍も紹介しながら「民族差別、女性差別、貧困のなかでも、逞しくいきいきと自分の人生を切り開いていく在日1世のハルモニたちの話を読みながら、女性の強さ、したたかさ、愛を読み取れた」と話していた。
詩人の河津聖恵さんは「朴さんと出会って、他者に対する思いやりをかき立てられた。朴さんが引き出してくれたものがたくさんある」と、記者として、人間としての朴さんの魅力について語った。
今回、朴さんの書籍を出版した梨の木舎の羽田ゆみこ代表も登壇。「梨の木舎は『教科書に書かれなかった戦争』というシリーズで日本の加害の歴史を伝えてきた。朴さんの本はシリーズ68冊目になる。歴史を見ないことは未来をふさぐことにつながる。この本は読めば読むほど中身が深く広い。ぜひ多くの人に広めてほしい」と呼びかけた。
他にも多くの方が舞台に立ち、書籍を通じて現在の日本社会に思うことや自身の活動について思い思いにのべていた。参加者たちの、朴さんに対する強い愛情が感じられる時間だった。
最後に、朴さんが謝辞に立った。
「この本は、日朝への思いを一人ひとりの言葉で書き下ろしたもの。2000年代、メディアというメディアが『北朝鮮叩き』で埋め尽くされた。その時でも私のインタビューを快諾してくれた日本の方々がいる。頑固なまでに実践と言葉を重ねてきた人々がいることを日本人、そして在日同胞たちにも伝えたかった。なんとか世論を変えて、いい社会にしたいという気持ちで仕事をしてきた。若い記者たちにもその気持ちを引き継ぎたい。社会を変えるためには、強い信念を持って行動していくしかない」
朝鮮新報社を退職する直前に、公益財団法人在日朝鮮学生支援会の代表理事に就任した朴さんは、大阪の判決にも触れ、「子どもたちの学ぶ環境がどんどん悪くなっている。明日への希望、夢を持ってもらうには学ぶための資源が必要だと社会に伝えていきたい。それを整えてあげたいと切実に思った」と話した。
「新聞記者の時代とは全然ちがうステージに立ったが、思いは一つです。日本社会の不条理を許さない、子どもたちを守る。この強い信念を忘れずに、これからも活動を続けていきたい」――。
最後の挨拶を聞きながら、朴さんの代表作『生涯現役』のタイトルが浮かんだ。子どもたちのために日本をよりよい社会にしていきたい、そんな燃えるような思いが集まる会だった。(理)