『奪われたクリムト、マリアが黄金のアデーレを取り戻すまで』
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先日、大変お世話になっている方から『奪われたクリムト、マリアが黄金のアデーレを取り戻すまで』(エリザベート ザントマン著、永井潤子、浜田和子訳、梨の木舎刊)をご恵投いただいた。東京・上野の東京都美術館で4月23日から7月10日まで開かれたクリムト展を見に行ったというエントリを先日あげたので、それを見て送ってくれたのだろうか。
本書は、ナチスに略奪されたグスタフ・クリムトの絵画『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I』(通称『黄金のアデーレ』、1907年完成)のモデルであるアデーレの姪マリア・アルトマンが、ナチスに略奪され、第2次世界大戦後はオーストリアの美術館で展示されていた絵の返却を求めてオーストリア国家を訴え、絵を取り戻した実際の事件のドキュメントだ。
クリムトの数ある作品の中でも有名な『黄金のアデーレ』は、裕福なアデーレの夫がクリムトに妻の肖像画を描かせた作品。アデーレの夫はこの絵のほかにも多数の美術品のコレクションの所有者だった。しかし、オーストリアがナチ・ドイツに併合された1938年3月以降は、美術品のコレクションだけではなく、自身の会社から家にいたるまで全財産をユダヤ人であるという理由だけで没収された。
本書の主人公であるマリア・アルトマンはアデーレの姪で、ナチスの迫害を逃れて夫とともに命からがら米国に亡命することになる。本書では、高齢になったマリアが大変な苦労をして、叔母がモデルになっている『黄金のアデーレ』を取り戻すまでの過程が描かれている。2006年、オーストリア法廷は、マリア・アルトマンに『黄金のアデーレ』を含むクリムトの絵画5点の所有権を認めた。彼女の執念が実り、作品が所有者のもとに戻ったドラマは感動的だ。本作はマリアが住む米国に送られ、ロサンゼルスで展示されていたが、その後、買収され、現在はニューヨークのノイエ・ガレリエに展示されている。
オーストリアの美術館関係者が、第2次世界大戦後、何十年間も「略奪美術」(ナチスが没収した美術品)を元の所有者に返そうとしなかったということを本書は明らかにしている。著者のエリザベート・ザントマンさんはドイツ・ミュンヘンで女性向けの出版社を経営している。彼女がこの本を書いたのは2014年のこと。本書の帯には、「アデーレとマリアは、社会の規範と法的なハードルに立ち向かった」と書かれている。本書は、奪われた美術品が返還されるまでの歴史的事件のスリリングなドキュメントであると同時に、時代の中で強く生きた女性たちの物語としても読むこともできるだろう。
『黄金のアデーレ』返還をめぐる物語は、ヘレン・ミレン主演で映画化(日本語題『黄金のアデーレ、名画の帰還』、2015)されていることも今回知った(ちなみに、本書はこの映画とはまったく別に書かれたもの)。夏休みの間に見てみようと思う。(相)