【イオ ニュース PICK UP】内なる壁を突き破る!―『在日コリアン女性のハラスメント事例集』出版記念イベント
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在日コリアン女性のハラスメント事例集『内なる差別を突き破る』の出版記念会が12月13日、東京・池袋で行われた。主催したのは在日本朝鮮人人権協会の性差別撤廃部会(以下、部会)だ。はじめに、部会長を務める李全美さんが部会の活動内容と出版の経緯を説明した。
「複合差別」への問題意識
李さんは、部会が掲げる目標について、民族や性、階級などに基づくあらゆる差別と暴力を認識し、行動することによってつながり、「だれもがいきいきと生きられる社会」の実現を目指すことだとのべた。この表現を縮めた「だれいき」という言葉は、部会のニックネームにもなっている。
続いて、「まなぶ」「うごく」「つながる」というテーマで実践してきた活動の内容を紹介。その活動の中で、部会のメンバーたちは、在日朝鮮人女性たちが直面しているさまざまなハラスメント被害を聞き、複合差別への問題意識を深めていったという。李さんは、「在日朝鮮人女性は、日本社会で生きる上で在日朝鮮人男性とも日本人女性とも異なる形態の差別を経験している」と話した。
李さんは次いで「複合差別の困難な点は、差別の状況がそれぞれの集団で軽視されたり見過ごされやすいということ」だと指摘。「複合差別を受けている人の意見は、集団内部や社会全体には反映されにくく、その結果、在日朝鮮人女性はさまざまな差別が絡まり合って相互に作用する複雑な抑圧構造の中で生きていかざるを得なくなる」。
声にならない声を拾い上げ、ハラスメントとは何なのかを周知させなくてはとの思いから、今回の事例集の出版を決意した。2019年の年末と2020年の頭、2度に分けてネット上で事例を集めるためのアンケートを実施。45件の回答があり、そのうち3件は対面でのインタビューも行った。
「給仕」と「暴力」のつながり
次に、部会の運営委員を務める李イスルさんが、事例集に収められている具体的なハラスメント被害に言及しながら解説にあたった。
李さんは前提として、アメリカの「名誉毀損防止同盟(Anti-Defamation League)が作成した「ヘイト(憎悪)のピラミッド」を参照。これは、人種差別に基づく暴力に焦点を当て、日常に潜む思い込みや偏見が実際の差別行為、暴力行為につながっていくことを分かりやすく示した図である。
李さんは、部会ではこれをヒントにして「性に基づくヘイトのピラミッド」-ステレオタイプなどの先入観が性的なからかいや偏見、差別、暴力などにつながることを分かりやすく示したもの-を作成したと発表した。
実例として、韓国の安熙正・忠清南道元知事が自身の秘書を強姦した罪で逮捕された事件を紹介しながら、「女性社員にコーヒーを淹れさせるなどの行為は社会の中でよく見かけるし、これらと強姦がにわかには結びつかないと考える人も多いと思うが、この事件は、先入観が暴力行為にまでつながるということが克明に浮かび上がってきた事例だ」とのべた。
李さんはその上で、「『性に基づくヘイトのピラミッド』について詳しく話そうと思ったのは、強姦と給仕という行為には大きな違いがあるとはいえ、この二つの行為がつながっていることが分かった以上は、どこでこの問題を食い止めるかが重要だと思ったから。どれだけその手前で暴力やハラスメントを食い止めるか、そこで個人や社会の力量が問われる」と話した。
また、事例集には「性に基づくヘイトのピラミッド」のいろいろな箇所に該当する事例がたくさん出てくるとし、「これらに対して、『ピラミッドの上の方にあるから大きな問題だ』とか『先入観は大した問題ではない』という視点を持つのは違う。ピラミッドのつながりをしっかり念頭に置いて、これから紹介する事例を見てほしい」と強調した。
李さんはその後、「セクシュアル・ハラスメント」「ジェンダー・ハラスメント」「パワー・ハラスメント」「マタニティ・ハラスメント」「レイシャル・ハラスメント」「SOGI(ソジ)・ハラスメント」に分け、それぞれの用語説明と事例の紹介を行った。
被害者に何の落ち度もない
休憩後、3人の参加者がコメントを寄せた。NPO法人同胞法律・生活センター副所長の金静寅さんは、在日コリアン女性の相談を受けてきた視点から発言。
金さんは、事前に原稿を読んだ際に「当時の自分自身の経験がよみがえって、何回も読みとどまりながら、やっとのことで読んだ」と話した。
さらに再読した時には「事例集に出てきた子たちの、ハラスメントを受けた時の戸惑い、混乱、その後の怒り、無力感が行間からひしひしと伝わってきた」としながら、「在日朝鮮人にとって同胞コミュニティは、差別の痛みを共有し連帯できる場所である一方で、実は安全ではない、常に緊張を強いられるような側面もあるのではないかとの思いを強くした」とのべた。
「女性たちが抱えている悩みはその人それぞれに固有のものだが、その悩みの背景には、同胞社会の文化、いわゆる秩序や社会制度の中で、女として、女性として育てられ教育され、扱われて、役割を期待されること、それに起因する共通の問題がある。
この事例集では、コミュニティの中で傷ついて、あるいは救いを得られなかった女性たちの苦悩、その一つひとつに実は名前があるということ、そして、その時の当事者の力、あるいは立ち位置ではどうしようもなく、なんの落ち度もなかった、これは加害者の側の問題である、ということを丁寧に説明している。
これは当事者を大いに慰めるだけでなく、同様の経験をしたたくさんの同胞女性を励まし、力づけるものになる。また、コミュニティから排除されたり黙ることを強いられた同胞女性たちが安心して自分の経験を話し、痛みを分かち合える場が、若い世代によって作られつつあることに、力を得る思いだ」(金さん)
加害者にも被害者にもならないために
続いて、朝鮮学校教員の金成樹さんが在日コリアン男性の視点から発言した。
金さんは事例集について、在日コリアン社会に内在する、女性に対するハラスメントの実態を初めて可視化したという点などにおいて非常に画期的で、同時にハラスメント被害に遭った一人ひとりに寄り添いつつ、在日コリアン社会をより良いものしたいという編集委員の思いが溢れる1冊だったと感想をのべた。
また、事例集を読んで感じたという4点を、印象的な事例を参照しながら発表した。※以下、概要まとめ
➀在日コリアン社会の体質
在日コリアン社会がその制度や社会的通念・風潮などにおいて、いかに男性中心的でホモソーシャルな社会であり、その中で女性がいかに周縁的な立場に置かれ、その性が男性の品定めの対象・支配の対象・からかいや蔑視の対象となっているかという点、そしてそれがハラスメントを生む土台となっているということ。
在日コリアンによって企画された在日コリアンのための場であっても、女性たちはハラスメントの脅威にさらされており、二重の苦しみや悔しさがあると思う。
事例集によると被害者たちは「小さなコミュニティだから、告発したら被害者が誰だかすぐにわかってしまう・コミュニティに戻るのが怖くなる・自分さえ我慢すればなんとかなる」と、排他的な日本社会で生きるために「よりどころ」にしている在日コリアン社会で、被害者側を貶めるような発言があること、今生きている場所を大事に思うからこそ、被害体験を自ら飲み込んでしまいがちであることを語っている。
事例集では、意識変革の必要性、コミュニティ内で起きた問題を解決する力や仕組みが求められると指摘している。自分は、権威的な地位にいる人の意識変革が必要だと考える。同胞社会において、意思決定や問題解決・そのための仕組みを作ることのできるポジションにいる人はいまだ圧倒的に男性が多いと思う。
➁ハラスメントの複合性
事例集では便宜上、被害事例をいくつかに分類しているが、ハラスメントは往々にして複合的であり、さまざまな要因が掛け合わさる場合の方が多いのではないかと考えた。
➂学校におけるスクールセクハラの実態(学生・実習生)
学校という場が凝り固まったジェンダー規範・ジェンダー役割の温床・再生産基地となってしまっている問題についても改めて考えるきっかけとなった。在日コリアンの学校は地域の同胞社会と密接に関わり合っており、良くも悪くも在日コリアン社会の投影となる。つまり同胞社会の問題を学校内や子どもたちの中にまで植え付けてしまっている側面が否めないと思う。
こういった課題に全員で取り組む必要がある。ただでさえ日本社会で差別と偏見にさらされている子どもたちが、重ねてジェンダーアイデンティティやセクシュアリティにおいても生きづらさや自己否定に苛まれないように、大人がその責任を果たさなければならないと考える。
➃男性に対するハラスメントの実態
男性に対するハラスメントの実態についても調査が必要だ。自身も以下のような経験をしている。
▼学校で:学生時代に教師から言われた「男をまとめあげれば女はついてくるから」という発言/寮におけるパワハラ・セクハラ/同級生や先輩後輩・教師からも「男らしく」と言われる/「女っぽい」という、女性に対しても失礼な侮蔑や「おかま」などと言われる
▼職場で:「早く結婚した方がいい」「男は家庭をもって一人前」と言われる
▼スクールセクハラ:教師が授業中に買春行為を武勇伝のように語り、「男はそういうものだ」と男性全般を一括りにするような発言をする
金さんは最後に、「自分と自分の大切な人たちが加害者にも被害者にもならないために、また民族だけでなくジェンダーにおいても全ての同胞の解放を目指して、誰もがいきいきと生きられる社会のために微力ながら尽力していく」と決意を伝えた。
難しさ乗り越え、被害を言葉に
立命館大学国際関係学部教員の金友子さんは、京都からリモートで参加した。複合差別研究をしている金さんは、感想として以下(写真)の5点を発表。
金さんは、「在日朝鮮女性は二つの周縁化、二つの不可視化を経験していると思う。在日同胞社会での周縁化、日本の女性運動の中での周縁化だ」と話し、それゆえに被害を問題化することが困難で、解決も難しいと話した。
また、在日朝鮮人社会における家父長制が、日本社会の民族差別によって維持されてきた側面もあると指摘。「在日朝鮮人女性が家父長制そのものを問題にするのではなく、民族差別と闘うという立場に行く選択を、ある種してきたのではないか。例えば、『荒くれるお父さんは日本社会の差別が生み出したものなのよ、だからお父さんを慰めてね、日本社会の差別が悪いのだ』という風に。その捉え方は重要だったと思うが、このことが許してきてしまったものがもしかしたらあるのかもしれない」とのべた。
「他にも、日本社会で差別への抵抗をすると朝鮮や韓国への偏見を強化してしまう。『やっぱり男尊女卑激しいのね』『遅れている』、あるいは『韓国の女はきつい』とか『被害妄想が激しい』といったステレオタイプが引き起こされたり。これも複合差別の難しさの一つだ」(金さん)
金さんは、「事例に書かれているハラスメント以外にも、すべての概念を積極的に活用し、在日朝鮮人女性を取り巻くさまざまな状況を言葉にしていけばいいなと思う」と部会の活動に期待を寄せながら、マイクロアグレッション(※)という概念も紹介した。
(※)マイクロ=“小さな(見えにくい)”、アグレッション=“攻撃”の意。社会で広く浸透している人種やその他マイノリティ集団に対するステレオタイプや偏見、それらに基づく期待などがベースとなって発せられるメッセージのこと。それを行う人に悪意がなく、無意識であることが多いという特徴がある。
特別なコミュニティだからこそ
最後に、部会長の李全美さんが閉会のあいさつをした。李さんは「事例集を作りながら、『こんなことを言ってしまったら、組織や在日コリアンコミュニティにマイナスになるんじゃないか』と何度も葛藤した。だが、何も言わずに去った同胞が少なからずいたと思う。被害に遭った人の中には、『ここには二度と参加していません』と書いた人もいる。大事なコミュニティだからこそ、そういうことをなくしていかなければならない」と話した。
「特別なコミュニティだからこそ、言えない・言わない・黙っているのではなく、私たちの意識を変えて、一人ひとりを大切にするコミュニティを作っていかなければならない。大事なコミュニティを守るために、私たちの意識を改革して、もっといい同胞社会を作っていけたら。この本をきっかけにぜひ皆さんに考えてもらい、新しい未来のための社会を共に作っていきたい」
閉会後、会場では希望者らによる感想会が行われた。20人ほどが輪になり、それぞれの体験や思いを共有した。30代の女性は「事例を聞いて、ずっと忘れていたハラスメントの記憶がよみがえった」としながら、ひとり涙を流すことしかできなかった当時の状況を自身の言葉で伝えた。
20代の男性は、「性差別があるという現実と絶対に向き合いたくないと考える男性も多いと思う。解決の主体が誰なのか。今日ここに来なかった人、このような内容を目にすることを拒否している人も間違いなくいる中で、表明するまでもなく、自分が行動していくべきだと思う」と語った。
20代の女性は、「事例を集めるためのアンケートが実施されたとき、自分もモヤモヤした経験はあったけど『ここに送るほどのものなのかな』と自分で矮小化してしまい、送ることができなかった。自分みたいに声を上げられなかった人、言語化が苦手な人たちにも、この本は武器になると思った。同時に、自分も後輩が下ネタを振られている時に何もできなかったり、それ以外の場面で、もしかしたら誰かを傷つけているかもしれないと思った。そのようなことをなくしていけるよう闘っていきたい」とのべた。
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