岩手・福島を訪ねて
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先日、東日本大震災から10年に際した取材で、岩手県と福島県を訪れた。
記憶が正しければ、初めての東北訪問。幸い、私が東北を訪れていた期間は終始天候に恵まれ、温かい日が続いた。
今回の取材対象のなかには、震災時や2014年の取材時に話をうかがった人々もいる。当時の記事を読むと、その経験はあまりに壮絶で、そのような方々にどう話を聞くべきか―と、かなり緊張していた。
そのうえ東京が緊急事態宣言の真っ只中。さまざまな不安のなかで出張の日を迎えたのだが、取材のアポ取りや日程の調整、車の運転、食事など、両地域の総聯本部の方々にはとてもお世話になったし、取材に応じてくださった同胞たちも、みな温かく迎えてくださった。
一人ひとり、さまざまな経験と思いを語ってくださるなかで、みな一様に「自分は運がよかった。うちは幸せなほう。もっと苦しい思いをした人々がいる」と語っていたことがとても印象に残っている。
また、福島朝鮮初中級学校を訪れた。
同校は現在、児童・生徒が2人。
初級部6年生と中級部1年生、思春期真っ只中の兄弟と聞いていたので、話してくれるか心配だったが、教員を通しながら間接的によくしゃべってくれた(笑)。
福島初中の教員は、校長先生を含め3人。そのうちの一人が学部の同級生で、一緒に夕飯を食べながら互いの近況を報告したり、思い出話に笑い転げたりと有意義な時間を過ごした。大学の寮で、2年間同部屋で生活した仲なので、性格や考え方など、ある程度は知っているつもりだったが、現場に出たかのじょの話を聞くと、改めてその意志の強さを知ることができ、とても刺激的だった。
現地で聞いた記憶と思いを、丁寧に、しっかりと紡いでいきたい。
●おまけ-出張中の食事事情
岩手も福島も、車がないと移動が困難なうえ、コロナ禍ということもあり、食事はコンビニで買って宿で食べることになるだろう思っていたのだが、取材対象のほとんどが焼肉屋を経営しており、食事時の取材を終えるとそのまま焼肉をごちそうしてくださった。よって、出張中の食事は予想をはるかに超える豪華メニューだった。