多方面から考え、問題解決能力を/神奈川中高で探求授業
広告
昨2021年、創立70周年を迎えた神奈川朝鮮中高級学校(横浜市)では、「神奈川ミレプロジェクト」の一環として、教員たちが中高教育について研究を深め、今年10月から、生徒たちの「探求授業」という新しい取り組みを進めてきた。
授業は、土曜日の3,4時間目に行い、中級部は計6時間、高級部は計8時間で組まれた。
探求授業の目的は、めまぐるしく変化する時代の中で、自分の周囲や社会で起きている事柄に関心を持ち、その事柄の原因や本質を見つけ、分析し、解決策を探し出すための総合的な知識とスキルの基礎を磨くこと。
また、それらをグループで取り組むことで、グループ内での意思疎通や役割認識、それぞれの責任能力の向上を図ることも目的としている。
今回は、同校の教員たちが各々の関心分野や問題意識などから多角的にテーマを選定し、アート、朝鮮語翻訳、ビジネスなど、学年ごとに授業のテーマが分けられた。
アート通じ、固定観念に問題提起!
中級部1年生では、「美術を通し、自分の答え、自分の表現を持つ」をテーマに、これまでの授業で、美術史やアートの発展過程を学んだのち、「描かれているものが本当に正しいのか」「見える面、見えていない面」など、固定観念に対する問題提起を試みた。
この日は、ワシリー・カンディンスキーの『コンポジションVII』を鑑賞し、互いの意見や感想を共有しあった。その際、「意見(感想)について、どうしてそのように思うのか」「事実(描かれているもの)から何を感じるか」を軸に、自身の考えを深め、言葉にするという作業をグループごとに行った。
一つの作品をもっても、「戦禍のようだ」「楽しそう」「演奏しているみたい」とさまざまな感想が出てくるのが面白い。
状況に合った朝鮮語探し
中級部2年生は、「状況に合わせ、翻訳してみよう!」というテーマで、日本の漫画の台詞を朝鮮語に翻訳する授業を行った。翻訳をする際は、朝鮮語辞典や朝鮮新報の記事、授業で習った語彙から言葉を選び、「韓国語」ではなく、「朝鮮語」で翻訳。その言葉を選んだ意図をグループで考えたり、アフレコ発表に向けて、声のトーンやスピード感も生徒たちが調整した。
世界の問題、解決策は―?
中級部3年生の授業テーマは、「Go!Do!Be! SDGs」。SDGsが掲げる17の目標のうち、「安全な水とトイレを世界中に」「質の高い教育をみんなに」「人や国の不平等をなくそう」などグループごとにテーマを選び探求を深めた。
授業では、「自分なりの答えを見つける重要性」のほか、「理想だけではうまくいかない社会」「そんな中でも、難題を乗り越え、『いい世界』を作ろうとしている人がいることを知る」など、現実的な目的が掲げられていた。
生徒たちは、調査している問題が自分たちにとってどのような問題か、その問題の現状と、問題解決のために自分たちができることについてさまざまな角度から調査し、タブレットでマインドマップを作成し、グループ内で議論を深めていく。
「質の高い教育をみんなに」のテーマを探求していたある生徒は、「子どもが勉強ができない貧困国の状況」と「すべての人が教育を受けられるように、各国、各団体が行っている活動」を調査したところ、「他国からの支援もあるが、その国の中で、学生たちによって問題を解決した取り組みもある」ことを発見したという。どのグループも、解決策にたどり着くまで苦戦していたが、その過程に小さな発見を重ね、世界の諸問題について知る楽しさを見出していた。
共感と実践、地域活性化のためできること
高級部にあがると、授業の内容もレベルアップ。自身と社会の結び付きを問い、自らの思考を社会に直接活かすような内容となった。
高級部1年生では、サービスラーニングを用いて「支部活性化プロジェクト」に取り組んだ。
サービスラーニングとは、ボランティア活動と学習活動の実践を統合させた学習方法で、学習者が得た知識をもって地域でボランティア活動を行うことにより、学習者と地域社会の双方に利益が生もうとする取り組みを指す。
「奉仕活動を通じて、共感する気持ちや、探す・書く・読む・意思疎通をするといった基礎能力、統合する・分離する・評価する・創造するといった高次元スキルが鍛えられます。『答えのない問題』の答えを探す過程で、このようなスキルが育まれればと思っています」と金殷真教務主任は語る。
事前に、神奈川県下の3つの総聯支部(横浜、川崎、南武)からアンケートを取り、各支部の状況や課題を生徒たちに共有。それぞれ支部が抱える悩みに対し、共感・理解をしたうえで、デザイン思考やマンダラートを用いながら、解決策のアイデアを出しあった。共感・理解も、ただ感性に任せるのではなく、「全脳思考」のテクニックを用いながら共感力を促したという。
クリティカル・シンキングを身につける
高級部2年生は、ビジネスシーンでも使われるクリティカル・シンキングの授業を行っていた。
この日は、「睡眠を十分にとるべきだ」「小学生にスマホを所持させるべきだ」のお題に沿って、グループごとに主張、論点、その根拠を並べるピラミッドストラクチャーや、MECE(論点や根拠のダブり、抜け漏れをなくす)といったフレームワークを用い、論理的な主張を用意した。
講師を務めるのは、朴慶七さんだ。「論理的思考は、社会人になって初めて学ぶ人が多く、思考方法を学んでも、身につけるには時間がかかります。授業ですべて身につけることはできなくても、高校生の時から基本的な枠組みを教えてあげることで、ふとした時になんとなく意識したり、『社会に出るフライング』ができるかなと思っています。ウリハッキョを卒業する子に、一つでも二つでも武器を与えたいです」(朴さん)。
朴さん曰く、朝鮮学校の生徒たちは、発表やプレゼンも慣れていて上手だという。「社会人でもしっかり発表できない人がいるのに、この子たちにはびっくりします」(朴さん)。
私たちの出会いは偶然か―ルーツをたどる
卒業を前にした高級部3年生は、「なぜウリハッキョに通うことになったのか」という自分史を通じ、在日朝鮮人史を探求した。祖父母の来歴と出会い、両親の歩んできた道、それらの時代背景、自身を朝鮮学校に送る親の思いを各自が調べ、時系列を整理し、自身が朝鮮学校に通うことにつながる出来事を分析しながら取捨選択する。それらをグループで共有し、それぞれの発表のなかで共通点を見つけることで、在日朝鮮人の歴史と自身の歴史はリンクしており、「私たちの必然的な出会い」の気づき、卒業後も「朝鮮学校の存在」への認識をしっかり持つことを狙いとしている。
生徒たちは、知っているつもりでも、探求を深めることで新たに知ったことが多かったという。
* * *
今年から全校生徒がタブレットを持つようになった同校では、普段の授業から、インターネットや動画で自由に調べ物をしている。その土台の上で、この探求授業を行っていると張末麗教務部長は話す。
「正解がない分、普段の試験成績とは関係なく、自分で考え、自分なりの見つけ出すことが好きな生徒は楽しんで探求授業に取り組んでいるという面白い傾向も見えてきました。まだ始動段階なので、この探求授業が目指す水準まで達していない部分もありますが、これから面白くなっていくと思います。これからはテーマの幅を広げたり、外部講師を呼んだり、学年ごとではなく好きなテーマを選ばせるなど、形式も工夫していこうと思っています」(張教務部長)