コマチュックの昔と今
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第44回在日朝鮮初級学校中央サッカー大会(コマチュック)が10月10日から12日まで大阪府堺市で開かれた。
本選部門に24チーム、育成部門には16チームが出場し熱戦が繰り広げられた。
本選部門は東大阪朝鮮初級学校が、育成部門は京都・滋賀が優勝し大会は幕を閉じた。
コマチュックには千葉で行われていた時期に取材で参加したことがある。当時と比べると、随分と大会の様子が変わったように思う。
まず大会の盛り上がりが大きくなった。
朝鮮新報も昔よりも多くの紙面を割いて報道し、ネット版では特設サイトを設置している。昔はそれほど大きく報道していなかったと記憶している。
保護者も昔はそれほど応援に駆け付けなかった。今は日本各地から応援に来ているが、昔は近隣だけだったと思う。世代交代がすすみ保護者のほとんどが3世になり(中には4世もいるかも)子どもの教育に対する関心が大きく変わったのが大きな理由ではないかと思っている。
私の息子も初級学校のときサッカー部だったが、コマチュックに「僕は参加しないよ」と一度も参加していない。そもそもサッカーが好きでなくスポーツの部活がサッカーしかなかったので、いやいややっていたためだ。部員数が多くて息子が参加しなくても影響がなかったこともある。参加していても、大阪まで応援に行ったかどうかはわからない。
女子選手が出場するようになったのも大きな違いだろう。
最も大きな違いは、最近の少子化、児童数の減少により、コマチュックに参加するチームの多くが合同チームになっていることだ。例えばセッピョルチームは、北海道、東北、茨城、群馬、栃木、新潟の6つの学校が一つのチームを作っている。
児童・生徒数の減少は朝鮮学校だけでなく日本学校でも進んでいるようで、先日、テレビでニュースを見ていると、都会の学校でも一つの学校だけでチームを作ることができない場合が多いそうだ。近隣の学校同士で合同チームを作る動きが出てきているそうだ。
日本学校は学校が近くにあるから合同チームも楽に作ることができるだろうが、朝鮮学校は遠く離れており困難が多いだろう。北関東に加え、東北、北海道を網羅するセッピョルチームなどは定期的に集まって練習することもできないはずで、チーム力を高めるのは非常に難しいだろう。これからも合同チームが増えるだろうが、ハンディに負けず頑張ってもらいたいと思う。
3日間の大会をスムーズに行うためには、多くのスタッフの努力があったはずだ。それは昔も今も変わらないのだろう。これからもコマチュックどのように発展、変化していくのだろうか、注目したい。(k)