「朝鮮人なら殺してもいいのか?」今、問う―/【イオインタビュー】Vol.10 森達也さん(映画監督)
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集団心理の暴走がもたらすものを、主に「ドキュメンタリー」という手段で社会へ突きつけてきた森達也さん。関東大震災(1923年9月1日)から100年目を迎える今年、森さんが次に手がけるのは、当時各地で広がった朝鮮人虐殺を背景に、同月6日、千葉県葛飾郡福田村(現・野田市)で起こった悲惨な事件を掘り起こす劇映画だ。
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「日本人か?」
「わしらは日本人じゃ」
「言葉が変だ」
「四国から来たんじゃ」
そんな会話があったと生存者は証言している。命じられるままに「君が代」を唄わされたが、それでも殺気だった男たちは納得しない。巡査が本庁の指示を仰ぐために現場を離れたとき、突然男たちは行商人の一行に襲いかかった。乳飲み子を抱いて命乞いをする母親は竹やりで全身を突かれ、男は鳶口で頭を割られ、泳いで逃げようとした者は小船で追われて日本刀で膾切りにされた。
……
福田村で襲撃された行商の一行は日本人だった。全員が香川県三豊郡内の被差別部落の出身者だ。
※『世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい』(03年/晶文社)より「ただこの事実を直視しよう」から一部抜粋
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—新作映画「福田村事件」制作のきっかけになったという著書を拝読しました。
僕が事件について知ったのは2001年。その前年に千葉で「福田村事件を心に刻む会」が設立されており、関連する内容が新聞の小さな囲み記事で出ていたんです。その頃は今のようにネットも発達していないし、概要がよく分からなかったので現地へ行って調べてみると、とんでもないことが起こっていた。
たぶんこれはほとんどの人が知らない事件だろうなと思い、取材を重ねてテレビで放送できないだろうかと考えました。特にこの事件の場合は殺された人たちが被差別部落出身。差別が重なっているわけで、みんな目を背けようとする傾向がとても強い。だからこそやらなきゃいけないという気持ちがありました。
—前述の文章の続きにもありましたが、当時それは「ナイーブ」で「伝え方が非常に難しい」として叶わず、のちのさまざまな縁でようやく映画化につながったのですね。
現在のプロデューサーたちと出会えたのが約2年前。動き始めて、ふと「そういえば再来年には100年だね」という声が上がり、上映するならその年に合わせたほうが話題にもなりやすいということで2023年の公開を目標にしました。
一番の懸念が予算です。この映画に出資してくれる企業や組織はなかなか見つからなかったため、クラウドファンディングを実施して資金を集めました。
クラウドファンディングの応援メッセージには、「自分のおじいさんが実は(朝鮮人虐殺の様子を)目撃していて、口にすることはなかったけど日記に書いていました」とか「こういう歴史は忘れてはいけないと思います」といったことを書いてくれる人がとても多かった。
記録では6000人が殺されたとありますが、もっと大勢の人が隠されているような気がします。たぶんみんな沈黙していた。でもやっぱり酔っぱらった時にぽろっと喋ってしまったり、あるいは日記には書いてあるわけで、大きい声では言わないけどその事実をずっと抱えながら死んでいった人はたくさんいるんでしょう。
つまり歴史が完全に消えているわけではなくて、ずっとブラックボックスに入っていたんだなというのはクラウドファンディングを通して実感しました。…
全文は本誌5月号をご覧ください。購読のお申し込みはこちらへ。Amazonでも取り扱いがあります。
PROFILE
もり・たつや●1956年5月、広島県出身。映画監督、作家。1980年代前半からテレビディレクターとして、主に報道とドキュメンタリーのジャンルで活動する。1998年、ドキュメンタリー映画「A」を、2001年に続編「A2」を公開。国内外の映画祭で高い評価を得る。「311」(12年)、「Fake」(16年)といった映画作品のほか、『世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい』(03年/晶文社)、『虐殺のスイッチ 一人すら殺せない人が、なぜ多くの人を殺せるのか』(18年/出版芸術社)など多数。
【映画「福田村事件」】
朝鮮へ出兵していた澤田智一(井浦新)は、妻・静子(田中麗奈)とともに故郷の福田村へ帰省する。一方、香川県を発った行商人の一行は関東まで旅を続けていた。そんなさなか、未曽有の大地震が発生。間もなく人々のあいだで「朝鮮人が井戸に毒を入れた」という噂が飛び交いはじめ、各地では次々と自警団が結成されていく。朝鮮での惨劇を思い出し苦悩する澤田。かたや臨月の妊婦を抱えた行商団一行は帰路を急いで福田村へと向かうが…。※写真提供=太秦
監督:森達也/出演:井浦新、田中麗奈、永山瑛太、東出昌大、ピエール瀧、水道橋博士、豊原功補ほか/統括プロデューサー:小林三四郎/製作・配給:太秦
2023年9月1日より公開予定。
HP(https://www.fukudamura1923.jp/)