度重なる遅延に打ちひしがれた話
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いつからか、お金を出してでも時間を得たいと思うようになった。
そしてまたいつからか、そのよくわからない「欲しいものリスト」に「経験」というものも加わった。そうは言ってもほんの2〜3年くらいのことなのだが。
時間も経験も、目に見えるものでも聞こえるものでも食べられるものでもない。そもそも抽象的だと言われればそれまでだ。
ただ、歳を重ねるごとに、そういった目に見えない価値について真剣に考えるタイミングが増えたように思う。
限りある時間を費やして得た大小の経験。自ら進んで得たものもあれば、突拍子もなく仕方なく(!?) 重ねるしかなかったもの、楽しいことや嬉しいこと、悲しみや苦しみを伴うものもある。そのどんな経験たちも、必ず自分の人生を豊かにしてくれる。そして自らにしみ込んだ経験は、時に自分を助けてくれる。仮にそのときその瞬間、地獄に落ちたような感情を抱いたとしても…
◇◇
台風10号が猛威をふるっている。その影響で本日の東海道新幹線は三島ー名古屋間で運転取りやめ。そして昨日も、一部運休だったものが夕方からは全線で運休となった。
まんまと食らってしまった。
取材のため月末には西日本にいないといけなかった。午前中に翌日の計画運休が前もって発表されたため、この日中に運休される地点を通過しておく必要があると焦った。急いで仕事を切り上げて自宅に戻り、風のように準備を整える。東京駅に向かうまでの在来線の中ではチケット予約だ。ダイヤは既に乱れていたが、JR公式サイトに記された「発車予定時刻」をもとに、しっかりチケットも確保できた。そして私の中の駅弁ランキング不動の第一位である「はらこめし」を買って車両に乗り込んだ。
(改めて書いてみると、我ながらここまでの流れは完璧だ…)
列車は数分経っても動かなかったのだが、この時点では心にまだ余裕があった。止まった列車内でゆっくり頂く「はらこめし」、なんて美味しいこと。
しかし止まったまま10分、20分、1時間と時が経つ。大雨が収まったら発車するとアナウンスがされていたが、とうとう運転中止を告げられてしまった。困った。「はらこめし」を食べるためだけに新幹線に乗る形になってしまった…
家に帰るまでの電車も、大雨で大幅に遅れていた。
こうなったらーか八か、迂回だ。
松本を経由する迂回ルートを選んだのだが、同じようなことを考えている人たちの、長野新幹線や北陸新幹線きっぷ売り場にできた長蛇の列に尻込みしてしまった。
そこで中央線特急を利用することにしたのだが、なんとこちらも大雨により、結論だけ述べると7時間以上も遅れて松本に降り立つことになった。「運転再開の見込みは立っていません」と延々と聞かされながら、この7時間、どこでどんな風に時間を過ごしていたのかは想像にお任せするが、もちろん楽しい気持ちではなく、極端ではあるが、それこそ地獄に落ちたような感情に陥った。
何をやっているんだろう。
よくない出来事に出くわしたとき。すぐに切り替えられるわけでもなく、一体この経験が何になるのかと、なんでこんな目に合うのかと悶々とし、絶望に似た感情を抱くときだってある。どうしても受け入れられない瞬間だってある。その経験が何になるのかだなんて、多くの場合、今すぐには分からない。
でも。
これから少しずつ時が経つうちに、かの絶望だって(もちろん場合によるが)笑いに変わり、自分の肥しに、生きる力に変わっていくものだと思っている。
◇◇
運転再開のほんの30分ほど前、プラットホームに溜まった大量の雨水を、水浸しになりながら一生懸命はけている駅員の姿を見た。
何一つ悪くないのに「(電車が遅れて)申し訳ございません」と謝るまた別の駅員に言葉が詰まった。
7時間ぶりにスムーズに動く電車に身をゆだねたとき、すべて当たり前ではないのだと胸が熱くなった。
そして先ほど無事、第一目的地にたどり着いた。
貴重な時間を費やしてまた一つ得た経験には、どのような価値がついていくのだろう。(鳳)
おまけ
松本から乗り込んだ特急しなのの車窓から