『男はつらいよ』を観始めた
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「わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です。 帝釈天で産湯をつかい、姓は車、名は寅次郎、 人呼んでフーテンの寅と発します」
中国ドラマ『三体』を観終わったので、次は何を観ようかとNetflixで色々漁っていると、『男はつらいよ』を発見した(現在5作目まで視聴)。
存在こそ知っていたが、恥ずかしながら「柴又生まれの寅さんが毎回マドンナに惚れて失恋する話」としか把握しておらず、アボジからもDVDをもらっていたが、結局ちゃんと観ていなかった。
『男はつらいよ』といえば、金日成主席がファンだったことでも有名だ。同作を手掛けた山田洋次監督は、本誌に連載していた「イオインタビュー」に登場している。
今回は『男はつらいよ』初心者の感想を、柴又の写真とともに綴る。
シリーズ第1作目は、14歳で父親と大喧嘩をして家を飛び出し、テキ屋(露天商)をしながら日本全国を渡り歩いた車寅次郎が、20年ぶりに故郷の柴又へ帰ってきたシーンから始まる。寅さんは、草団子屋「とらや」の店主である叔父夫婦と暮らす異母妹の車櫻と、20年ぶりの再会を果たす。
大半はふふっと笑わせるような小ネタがたくさん詰まっていて、渥美清氏のアドリブかと思われるコミカルな演技も笑いを誘う。特に1、2作目の寅さんの失恋を家族で噂するくだりはまるでコントで、声を出して笑ってしまった。
嵐のようにドタバタ劇を繰り広げるかと思いきや、印刷工場で働く博とさくらの結婚式では、ほろりとさせられる。
8年ぶりに顔を合わせた博の父親(志村喬)の挨拶では、絶縁状態だった息子に対し深い後悔をぽつりぽつりと綴りながら、親子の雪解けをしっとりと見せてくれる。黒澤映画でお馴染みの志村喬氏の演技がとってもいい。
そこで、ふと気が付いた。『男はつらいよ』は「クドカンワールド」と通ずるものがある。私は脚本家・宮藤官九郎が好きなのだが、かれの作品に共通するのは「笑いとシリアスの緩急」だ。さっきまでゲラゲラ笑っていたのに、いつの間にかシリアスな展開や喫緊の問題に触れ、見る者に「問い」を投げかけてくる。絶妙なバランスなのだ。
『男はつらいよ』も、そんな「笑いとシリアスの緩急」がたくさん盛り込まれている。私にとって寅さんシリーズは確実にハマる作品だったのだ。
自分が想像した以上に、寅さんこと車寅次郎の人生は破天荒だった。寅さんは、父親が不倫した芸者との間に生まれた子で、出生後は父親のもとに引き取られたが、その後、14歳で家出する。この生い立ちからして、胸がきゅっとする。
作中、寅さんは自らを「ヤクザ」と言うのだが、いわゆるヤクザ=暴力団とはどうも違う。ヤクザは元々「風来坊、根無し草(その日暮らし)、渡世人、ごろつき、不良」等と同義で、そのような生き方をする者達を指したという。
「葛飾区史」という葛飾区の歴史を扱ったサイトには、こう記載されている。
昭和44(1969)年当時は、「いざなぎ景気」で活況の中、若者が任侠映画に出てくるアウトローに憧れを抱き、学生運動も盛んな時代に、一風変わったアウトローとして「寅さん」は誕生した―。
1作目と5作目「望郷編」では、寅さんに付いていこうとする舎弟の登に「俺みたいになるな」と説教を垂れ、突き放すシーンが描かれる。
以下、望郷編での寅さんのセリフを抜粋する。
「セールスマンだか何だか知らねえけども、てめぇ見かけは堅気だが、気持ちん中ではやくざのまんまだぞ。これから5年10年たって、いい年して身寄りもなく頼りもなく、けつ温めるうちもなく、世間の者は相手にもしてくれねぇ。そんときになって『ああ俺はバカだったな』と後悔してももう取り返しがつかねえんだぞ。人間、額に汗して油にまみれて地道に暮らさなきゃいけねぇ。そこに早く気が付かなきゃいけねえんだ」
まるで寅さんが自分自身に言い聞かせているようで心苦しかった。
自身の「抗えない運命」への悔しさ、憎さもあるのだろうか。大人の勝手な都合で生を享け、「普通の人生」に馴染めず、一つの場所に留まれない。
周りはかれを「バカ」だの「定職に就け」だのと呆れながらも、常に気にかける。寅さんは周りから愛されている。なのに、かれはその愛情をプイッと跳ね返し、突然どこかへ行ってしまう。
わかっていても、どうにも止められない。そんな生き方しかできない、アウトローの中でもさらにアウトローな寅さんの「生き様」が垣間見える。
笑いあり、涙ありの人情コメディとは言え、『男はつらいよ』というタイトルには、寅さんの世間とどうにも馴染めない「生きづらさ」が込められているように思えた。それでも、旅に出てはふらっと故郷の柴又に帰ってくる寅さんが愛おしい。
ちなみに5作目で寅さんは豆腐屋で「地道に」働き始めるのだが、豆腐屋の娘に手痛く失恋し突然いなくなってしまう。
そして旅先で登と偶然再会し、冒頭の「口上」を披露し、幕を閉じる。その時の寅さんの嬉しそうな顔が忘れられない。
シリーズは全50作もあるので、これからじっくり観ていきたい。(麗)