シアボジの言い間違い
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新年の挨拶をしに夫の実家へ行った。まったりとくつろぎながらシアボジ(夫の父)の話を聞いていると、たまに単語が出てこず、当てずっぽうな言葉をあてはめて喋り続けることがちらほらあることに気がついた。
細部は忘れてしまったが、おそらく「ルックス」と言いたいところで「あ~…」と言葉に詰まり、無理やり「レッテル」と言ったり。他にも色々あったものの、とにかく「レッテル」が強烈すぎて笑ってしまった。
しかし、同時に考えたこともある。歳をとるにつれてだんだんと言葉を忘れたり、瞬間的に使える言葉が減っていく、それは「書くこと」が好きな自分からしてみたら少し怖いことだが、少なくなった語彙の中でも言いたいことのニュアンスに手を伸ばして(たとえ単語を間違えたとしても)何とか話そうとする、そういう姿勢ってすごいことなのではないか。
自分だったら「なんか違う」と思って恥ずかしさを突破できず、口をつぐんでしまう。単に性格の問題かもしれないが(義父は家族が集まると毎回必ず自分の息子たちの名前を堂々と呼び間違える)、諦めず伝えようとする意欲を持ち続けることは大切かもしれないと思った。
それに、言葉は貯めていけるもの。色々な言葉や表現の仕方を学べばストックができるから、咄嗟に言葉が浮かばなくても近いニュアンスの単語に手を伸ばせるようになるはずだ。(理)