もうひとつの旅2011―川越
「小江戸」の別名を持つ埼玉県川越市。江戸時代には川越藩の城下町として栄えたところで、江戸時代の街並みが残る風景は観光地としても人気がある。そしてここにも、朝鮮と日本との交流の足跡をみることができる。
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「小江戸」の別名を持つ埼玉県川越市。江戸時代には川越藩の城下町として栄えたところで、江戸時代の街並みが残る風景は観光地としても人気がある。そしてここにも、朝鮮と日本との交流の足跡をみることができる。
丹波マンガン記念館を再建するためのユン・ドヒョンバンドによるチャリティコンサートが11月27日、京都市内で行われ、1300人の観客が詰め掛けた。コンサートは、丹波マンガン記念館再建委員会により企画された。
兵庫県宝塚市というと、すぐに思い浮かべるのが宝塚歌劇団。しかし、この地も朝鮮半島とのかかわりが深く、それを示す古くから近代にかけての跡が残されている。秋の紅葉が最盛を迎えるころ、宝塚を訪ねた。
鄭栄桓様
イオ編集部の企画によって、新進気鋭の若手研究者と「在日朝鮮人の歴史的意味」について議論できることを嬉しく思います。一回目のテーマとして与えられたのは「在日朝鮮人にとって、この『100年』は何だったのか?」です。
兵庫県宝塚市というと、すぐに思い浮かべるのが宝塚歌劇団。しかし、この地も朝鮮半島とのかかわりが深く、それを示す古くから近代にかけての跡が残されている。秋の紅葉が最盛を迎えるころ、宝塚を訪ねた。
同胞青年が主催した同胞青年祝典「ウリミレEXPO」が11月7日、東京朝鮮中高級学校で開催された。秋の晴天に恵まれたなか、若い世代を中心に1万余人の同胞たちが集まり、メインステージを中心に会場各所に設けられた、朝鮮パビリオン、青年パビリオン、コッポンオリマダン、フードマダンなどでのイベントを楽しんだ。同胞青年たちが企画、準備を進めてきたものだけに、これまでのものとは一味も二味もちがったイベントになった。
南楊州市にある光陵は朝鮮7代王・世祖(1418-50)の墓だ。
世宗の二男に生まれた世祖は王位に就けなかったものの、兄の文宗が死んだ後、
彼の息子・端宗が17歳で王位を継承するや癸酉靖乱を起こし王位を奪った。
故郷・朝鮮を離れて広島で被爆し、命からがら生き延びた金貴順さん。その後の生活を建て直すために苦労を重ね、夫に先立たれた後も4人の子どもたちを朝鮮人として育てあげた。そんな「ハンメ」の半生を、孫の金正出さんが聞いた。
牛がねそべったような形の島という意味で昔から臥牛島と呼ばれている。
西海閘門付近に位置する西海岸の名勝地には、各地からの観光客が絶えない。
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