「私のように黒い夜」
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最近の自分の生活を振り返ってみると、ブログに書けるようなネタがありません。(汗)
ネタ切れの時は、本の紹介!
ということで、今回私が紹介するのは「私のように黒い夜」(ジョン・ハワード・グリフィン著)という本です。この本、内容がかなり衝撃的です。なぜかって、自分自身で黒人差別の実態を体験するために、自分の全身を黒く焼き塗って米国南部に潜入した白人ジャーナリストによる手記だからです。
1959年のある日、黒人に姿を変えた著者は、当時もっとも過酷な人種差別が行われていた米国南部の街を旅します。その後、半年ほどの旅の間に記した著者の日記が雑誌やテレビなどのメディアで取り上げられ、米国中が騒然とする中、「私のように黒い夜」(原題=「Black Like Me」)は出版されました。日本では1960年代半ばに初版が刊行された後、長らく絶版になっていましたが、2006年に復刻版がブルース・インターアクションズから出版されました。
日本版の帯には、「想像したことありますか?もし私の肌がブラックだったら…」というコピーが添えられています。
「白人が黒人になったら、どんな風に自分を変えなければいけないのだろうか? 皮膚の色という、自分でどうすることもできないもののために差別を受けるというのはどんな気持ちだろう?」本の中で明らかになる著者の問題意識は、シンプルでありながら核心を突いています。「進ぬ!電波少年」なんか問題にならないほどの、まさに命がけの「潜入取材レポート」。
本には、黒人になった著者が受けたさまざまな差別のエピソードが記されています。「バスでは必ず後ろの席に座る」「公共トイレやレストラン、その他の場所でも黒人は白人と同席できない」「白人と目を合わせることはもちろん、壁に貼られた白人女性のポスターを見てはならない」といった、よく知られる差別が実際に元白人である著者に向かって投げかけられる現実。著者は自らのアイデンティティの喪失におびえながらも、差別を受ける側の日常をリアルに描きます。わずか50年ほど前の話です。
著者の経歴もドラマチックです。人種差別が常識だった米国南部に生まれ、10代でフランスに留学、滞在中にナチス侵攻、亡命、母国に戻った直後に第2次大戦開戦、参戦、失明・・・。本書出版後、KKKなどの人種差別主義者に襲撃され、半殺しの目にあいながらも、差別撤廃運動に関わっていきます。
本書の出版と時を同じくして、60年代から急速に公民権運動が活発化し、大きな進展がなされたのは周知の事実です。しかし、米国の黒人差別は果たして終わったのでしょうか。原著の復刻版(04年)に寄せた序文の中で、批評家のスタッズ・ターケルは「黒人対白人という問題はいまだに米国の抱える、拭っても拭いきれない強迫観念」だとのべています。
では、私たちが住む日本では?
本書は米国の黒人差別を扱った内容でありながら、広く差別の問題、排除の問題にまで射程を延ばす問いかけを含んでいます。「高校無償化」問題など、われわれ在日朝鮮人を取り巻く人権状況がいまだ改善していない現状を深く掘り下げるうえでも、さまざまな示唆を与えてくれる本だと思います。
学生時代、図書館で借りて読んで衝撃を受けた記憶があります。その後、復刻版が出版されたのを機に買いました。その後も何度か読み返しています。興味のある人は、ぜひ一読を!(相)