立場と言葉
広告
最近、イオのブログで書く内容に何気なく行き詰ってきてる(里)です。笑
もう少しがんばります!(新年ぐらいから…)
とりあえず今日は、自分の立場を表明する言葉の使い方について書きたいと思います。
ものの見方、捉え方は人それぞれ。
個々人の「立場」が影響することも多いと思います。
私もこの仕事をするようになってから、
今まではとくに意識していませんでしたが、言葉の使い方について気をつけようと心がけるようになりました。
例えば、日本人が言う「終戦の日」とは、太平洋戦争が終わった8月15日のことですが、
私たちはそれを当たり前のように「祖国解放記念日」と呼びます。
日本の敗戦とともに日本による朝鮮の植民地支配が終わったから、
朝鮮人の立場からは「解放」という言葉を選びます。
ほかにもこんなのがあります。
「海外から帰国して…」とかいう表現ですが、
「帰国」とは、「外国から母国に帰ること」という意味。
ちなみに、「母国」は、「自分の生まれ育った国。祖国。故国」という意味なので、
「祖国」を朝鮮・韓国と認識している在日コリアンにとって、適切な表現ではないです。
母国を日本とみなさない立場からいくと、「全国の同胞が」とは言わず、
「日本各地の同胞が」と言う訳です。
いま思いつくのはこれぐらいしかありませんが、
ほかにも編集の仕事の過程でたくさん気づかされたことがあります。
たかが言葉一つ、されど言葉一つ、ということでしょうか。
言葉を通じてこれからもたくさん考えていこうと思います。(里)
他にはいないの?
この一文、少しとまどいがあります。
在外公民とでもいうのでしょう。(里)さんの立場は「母国を日本とみなさない立場」において一貫しているのでしょう。
でも、日刊イオの読者は「祖国を朝鮮・韓国と認識している在日コリアン」ばかりなのですか? それしか許さない?
こうやって書いてしまうと落ちてしまいませんか。
朝鮮国も韓国も祖国に選べない/選ばない人々が。
もちろん(里)さんが「祖国を朝鮮半島に思い定めている在日コリアン」という意味で書かれたのなら別です。
でも、違うでしょう。
ここに、硬直した役人めいた、上から在日コリアンを定義し、処断するような姿勢をかいま見てしまうのだけれど、誤解でしょうか。
言葉…難しいですね
つい最近試験勉強をしてる息子に、日本海側はうみが遠浅なんだね~~~と言ったらこっちは、チョソントンへ側だよって当たり前のように言われそうかと思ったオンマです言葉と立場……本当深いですね。常にいろいろ意識しなくてはならない、特に複雑な意識をもつトンポの立場で…それをこなしてるイオの記者さん達すごいです応援してますよ~~
少々意見を
Unknownさん
>ここに、硬直した役人めいた、上から在日コリアンを定義し、処断するような姿勢をかいま見てしまうのだけれど、誤解でしょうか。
いや、そこまで言うのは穿ちすぎというか、酷でしょう。イオの編集方針っていうのは中を読めばわかるとおり、基本的に祖国指向(あるいは南北ひっくるめた「本国」)ですから。
私には、(里)さんがそのことを注意深く、あくまで仮定の前提条件としながら書いているように受け取れましたけど。しかし、あなたがおっしゃる「祖国を朝鮮・韓国と認識している在日コリアン」というくくりには含まれない在日の存在を問わず語りに認めており(肯定しているという意味ではなく)、だからこそ「立場」というものの複雑なありようにあらためて思いを致している・・・そんなところなのではないでしょうかね?
蛇足ですが、こうした政治的スタンスに深くかかわるご意見をコメントする場合には、せっかくですから「通りすがり」っぽい捨てハンはやめたほうがいいと思います。仮想空間上のこととはいえ、せめて固有のHNを名乗って発言内容への責任をしっかり引き受けるくらいはやって然るべきかと。
Unknownさんへ
イオの読者である在日コリアンの方の中には、もちろん、「在日コリアンである自分」と「自分にとっての祖国としての朝鮮・韓国」がイコールにならない方もいらっしゃるでしょう。
私の文が、あたかも「在日コリアンはこうなんだ」という風に決めつけているというか、少々押しつけがましく感じられてしまったのかもしれません。
ただ私は、Unknownさんのご指摘通り、「祖国を朝鮮半島に思い定めている在日コリアン」という意味を込めて書いただけです。
心さんへ
確かに、「チョソントンへ」なのか「日本海」なのかということも、「立場と言葉」が密接に関わっていますよね!
Kim Shirlyさんへ
おっしゃる通り、イオという雑誌に携わる過程に、言葉一つとっても在日コリアンの複雑な在りように思いをめぐらせている…、そんな感じです。
このブログを通じて、またあらためて言葉の使い方、選び方というものを考えることができました。
お三方へ
Unknownです。いろいろなコメントありがとうございます。
Shirlyさん、HNを付けなくても応答責任は果たせますからご心配なく。流儀の違いも認めてくれないと。
私のコメントは、日本政府とメディアによる「北朝鮮」表記批判への感想も引きずっていたかも知れません。
「日刊イオ」では、自然と国家と歴史から区分しがたい「朝鮮」を、朝鮮民主主義人民共和国を指す言葉として用いているのであるかと少しばかり驚き、違和感を覚えた上で、(里)さんの文を読んだものですから。
その意味で「穿ちすぎ、酷」という評価は的を射ているかも知れません。
でも、Kim Shirlyさん、
「祖国を朝鮮・韓国と認識している在日コリアン」という言葉は(里)さんの文からの引用です。私、Unknownの表現ではありません。よくお読みになった上で「少々意見」をお願いします。
ただ、「祖国を朝鮮・韓国と認識している在日コリアン」(by里さん)と
「祖国を朝鮮半島に思い定めている在日コリアン」(by Unknown)はどこか違うようにも思えてしまいます。私はそういうあたりに過剰な規範意識を覚えてしまったのかも知れません。
チョソントンヘも、日本海も国家主義丸出しの地名ですが、言葉を選び、分類する時点で政治的意味合いが発生してしまうのはやれやれですね。
(心)さん、
「日本」という言葉も、もともとは単に「東」という程度の意味だったそうです。
中国から見て東方、「日の昇る辺りの土地」を指していた、と網野義彦先生に教わったことがあります。
何となく少し肩から力が抜けます。
失礼しました
Unknownさん
>「祖国を朝鮮・韓国と認識している在日コリアン」という言葉は(里)さんの文からの引用です。私、Unknownの表現ではありません。よくお読みになった上で「少々意見」をお願いします。
あらためて読み直し確認しました。確かにその通りですね。ご指摘ありがとうございます。ネット上での議論にも大変慣れてらっしゃる方だと推察できましたので、私の蛇足のほうもどうやら「釈迦に説法」だったようで・・・。
>言葉を選び、分類する時点で政治的意味合いが発生してしまうのはやれやれですね。
深く同意します。地名・呼称一つおちおち何の気なしには扱えない。そこが朝鮮半島を取り巻く状況の複雑さを端的に表していると思いますね。
いえいえとんでもない
Shirlyさん、ご丁寧にありがとうございました。
でも、内心ピリピリしながら言葉を選んでいます。
民族的/政治的/社会的立場を明確にした人々と言葉を交わすのはホントに久しぶりなので。
第一信を送って、Shirlyさんの「政治的スタンスに深く関わるご意見」というご批評にとまどい、
後に、あらゆる表現が政治化されてしまう立場/場所から、
皆さん(試験勉強をする子どもでさえ)が言葉を紡がないわけにはいかないことを痛感しました。今さらのことではありますが。
また改めましてよろしく願います。