私たちにないものは あるはずの権利である
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この前の日曜日(12日)、東京の某所で「朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー」東京朗読会が行われ、ご招待を受けたので参加しました。
朗読会の模様は、「詩空間」というブログの次のページをご参照ください。
「朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー」東京朗読会のプログラム
http://reliance.blog.eonet.jp/default/2010/12/post-0bde.html
東京朗読会関連記事が掲載されました
http://reliance.blog.eonet.jp/default/2010/12/post-c178.html
ついでに、「トンポ・トンネ 日々イモジョモ」というブログの次のページも紹介します。
『朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー』東京朗読会へ
http://blogs.yahoo.co.jp/uil21/62367558.html
「朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー」は、高校無償化からの朝鮮学校排除の動きが出てきた後、日本人詩人の河津聖恵さんと在日同胞詩人の許玉汝さんが、こんなおかしなことは許すことができない、絶対に朝鮮学校を除外してはいけないと詩人に声をかけ、その呼びかけに応じた詩人たちや朝鮮高校の生徒たちが作品を作り完成した詩集です。月刊イオでも紹介しました。
アンソロジーは、発売されると2000部がすぐに完売したといいます。
河津さんらの活動はそれにとどまらず、広島、東京でアンソロジーの朗読会を開き、除外反対を訴え続けています。
東京朗読会の冒頭、あいさつで河津さんは、「本当は、今日の朗読会は祝賀の集まりになるはずでした」と語りました。本来、日本政府が朝鮮学校への無償化適用の手続きを停止していなければ、長きに渡る闘いに終止符が打たれていたわけです。朝鮮学校への適用実現を喜び合う場になっていたはずでした。
今回、14名の大人の方たちが朗読されたのですが、皆さん、顔がちょっと不機嫌そうでした。
しかし、朗読会そのものは素晴らしい空間だったと思います。詩を作った作者本人が朗読しそれを聴くという、たいへん贅沢な時間を過ごすことができたし、活字を目で追うだけではわからなかった、詩の持つ力を感じることができました。
そして、短期間のうちにアンソロジーを作り上げ、朗読会を開いて訴えてきた、河津さん、許玉汝さんら、詩人たちの情熱、エネルギーが会場に溢れていました。
朗読会には150人が参加したそうです。
何かを訴える集会に参加するたびに思うことですが、参加しているほとんどの人たちは、そこで訴えようということがらに賛同している人たちです。本当なら、それに反対している人や無関心な人にひとりでも多く聞いてもらって、改めて考えてもらったり関心を持ってもらいたい。
この日の朗読会は、本当にそう思いました。
最後に、朗読会で読まれた朝鮮高校に通う生徒の詩を紹介します。(k)
《私たちにあるもの》
私たちにあるものは
悲しくつらい過去である
私たちにないものは
楽しく明るい過去である
私たちにあるものは
ないはずの差別である
私たちにないものは
あるはずの権利である
私たちにあるものは
明るく眩しい未来である
私たちにないものは
暗く進めない未来である
信じることの大切さ
朗読会や懇親会を通じて感じること多々ありました。全ては信じることから始まるんだという事です。日本政府は理不尽な事を繰り返し醜い姿をさらけ出していますがこの無償化除外問題が私の人生に一つの転機をもたらしたことはまぎれも無い真実です。ハリネズミのようにバリケードをはり60年もの長い間この日本に住みながら日本の人に対し決して心を許す事のなかった私が日本の詩人や新たに出会った日本の友人達と肩を組み一つの目標に向かって進んでいるのです。ある人が云いました。日本政府は万が一高校無償化から朝鮮学校を除外する事ができたとしてもこの間繋がった日朝友好の絆を決して除外できないと!
kさん、私はこの6ヶ月間の歩みを通じて信じあうことの大切さと喜びを心のそこから感じました。