「アメコミ」
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つい先日、生まれて初めて「アメコミ」(アメリカンコミック)を買った。アメコミといえば、スーパーマンやスパイダーマン、バットマンなどの「スーパーヒーロー物」が有名。独特のタッチの絵やマンネリのストーリーといった印象が強くて、今まで本はもちろん映画も観るのを避けてきたが、どうしても読みたい作品があり、禁断の領域に手を出した。
作品のタイトルは『Watchmen(ウォッチメン)』。コミックでありながらSF界で最も権威のある「ヒューゴー賞」を受賞、アメコミの金字塔と言われている作品だ。2年前に公開された映画をDVDで観て、ぜひ原作を読みたいと思い、今回購入した。価格は税込3570円。漫画1冊にこれだけの金額をつぎ込んでいいのかという逡巡もあったが、ア○ゾン君をすぐさまチェック。そして、めでたく中古版をゲットした(新品と金額的に数百円の違いしかなかったが)。
まだ3分の1ほどしか読めていないが、非常に面白い(映画を観て内容は知っているにもかかわらず)。もはや漫画のレベルを超えている。
作品のテーマは、「ヒーローとは何物なのか?」 映画やコミックの世界にだけ存在するヒーローを現実世界にぶち込んだらどうなるかという大変刺激的な設定だ。
舞台は1985年の米国。米ソ間の冷戦状態が最高潮に達し、核戦争秒読みという状況下で物語は展開する。描かれるのは「悪とたたかうスーパーヒーロー」が存在する世界。40年代から活躍してきたヒーローたちは、70年代後半に作られた政府の条例によって自警活動を禁止された。そして、今にも核戦争が勃発しそうな状況の中、元ヒーローが何者かに殺され、その裏で大きな陰謀が進んでいた――。
この作品がすごいのは、ヒーロー物なのに容赦のないアンチヒーロー論を展開しているところ。登場人物は、爽快に悪者を退治するという人々の願望を豪快に裏切るような「危ないキャラ」ばかり。彼らは空を飛んだり、超能力を使ったりする超人ではなく、ちょっとばかり腕っぷしが強いだけの人間で、コスプレしながらギャングや街の小悪党をぶん殴るのが関の山(一部の登場人物を除く)。そんなヒーローたちだが、後には政府に雇われてベトナム戦争、ケネディ大統領暗殺などの重大事件に深く関与することになる。米国はベトナム戦争に勝利し、ウォーターゲート事件はもみ消され、ニクソンが大統領を5期目務めているというパラレルワールドの設定だ。
戦争や暗殺に手を貸した結果、国家と民衆の両方から恐れられ、行き場を失ったヒーローたちの姿が、「世界の警察」を気取って暴走していった米国の振る舞いと重なる。冷戦時代を舞台としているが、テーマは今日にも通じる。
米国は「ヒーローの国」だ。悪を倒し、正義を執行するヒーローこそが米国の「美しき理想」。だが、世界を救うためにヒーローが執行する正義は是認されるべきことなのか? そもそも、その正義とは何で、その正義を誰が定義するのか。そして一番の問題は、この作品に掲げられている警句、「Who watches the watchmen?」(「誰が見張りを見張るのか?」)ということ。「正義の味方」としてのwatchmenを一体誰が監視するのか。
この作品、漫画にもかかわらず、せりふも含めて情報量が桁外れに多い。表現方法も独特で、日本のマンガに慣れていると読みにくい。例えば、せりふを言う登場人物の後ろにある壁の落書きが世論の声を代弁し、風に吹かれて飛んでいく新聞には当時の社会情勢が記されているといった具合。各章の終わりに挿入される架空の出版物、インタビュー、書簡などが物語の背景を補完していく。小説にすれば10ページ近い内容を、絵と台詞で1ページに凝縮している感じだろうか。ストーリーもかなり複雑なので、ページを前後しながら二度三度と読み返すこともたびたび。しかしその分、大部の長編小説なみに読み応えはある。
B5変サイズで464ページ、中辞典並みの重さのこの本。本来であれば、カバンの中に入れて通退勤時の電車の中で読み進めたいのだが、このサイズの全面カラー漫画を持ち歩いて電車の中で広げるチャレンジ精神は私にない・・・さらに、明日から関西地方に4泊5日の日程で出張なので、読み終えるのはしばらく先になりそうだ。(相)