ふたたび福島へ
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4泊5日の福島出張から一昨日帰ってきました。
震災から1ヵ月。現地同胞たちの生活、そして県内唯一のウリハッキョ、福島朝鮮初中級学校はどうなっているのか。福島の今を取材する旅でした。
被災地の状況は? 正直なところを言うと、前回と大して変わりありませんでした。前回訪れてから2週間ちょっとしか間隔が空いていないので、当然といえば当然かもしれません。もちろん、総聯福島県本部を中心に被災同胞復興支援対策が講じられ、少しずつ前進はしています。
今回、茨城との県境にある勿来からいわき市北端の久之浜まで、海岸沿いを車で走りました。「いわき七浜」と呼ばれる美しい浜辺の景観は無残に破壊されたままでした。
いわき在住の同胞にも数人会って話を聞きました。彼らの目下の心配事は、放射能もそうですが、地震です。今月11、12日に連続して浜通り地域を震源とする大きな余震が起こりました。広範囲で停電や断水が起こるなど、同地域に住む同胞も少なくない被害をこうむり、営業を再開させたお店も再び営業停止に追い込まれました。「生活が正常に戻りかけていた時期の余震は本当に痛い」と話す同胞たち。私が訪れたときには店の営業は再開していましたが、いつまた起こるかもしれない余震におびえながら不安な生活を送っていました。
この間、郡山市の福島朝鮮初中級学校で寝泊りしました。8日に卒業式を、11日に入学式を行った同校では翌日から新学期の学校生活がスタートしました。子どもたちは元気いっぱい。一見、普段の日常が戻ってきた印象を受けましたが、震災と原発問題の影響は少なからず学校に暗い影を落としていました。
福島滞在中の19日、文部科学省が、福島第1原発事故を受け、校庭・園庭での放射線量が毎時3・8マイクロシーベルトを上回った福島、郡山、伊達三市の小中学校と保育所・幼稚園合わせて13校・園の屋外活動を控えるよう県の教育委員会に通知したというニュースが入ってきました。国際勧告に基づく暫定基準を設定した上で、学校生活の目安を設けた形です。
福島朝鮮初中級学校の放射線量は前述の基準値をはるかに下回るレベル。現在、学校の中で最も数値が高い場所は運動場で、毎時1マイクロシーベルト弱だそうです。学校側は放射能測定器(ガイガーカウンター)をレンタルして、定期的に校内各所の放射線量を測定しています。試しに測定器で運動場の地表の放射線量をチェックしてみたところ、結果は0・974マイクロシーベルトでした。
ただ、この基準値が適切なものなのかどうか、私には判断しかねます。学校では大事をとって、運動場の使用を原則的に控えている状態です。児童・生徒たちの体育の授業やクラブ活動も体育館などで行っています。5月に予定されている運動会も、運動場で行うのは厳しいだろうというのが学校側の見通しです。
一時県外に避難した児童・生徒たちもまだ数人が戻ってきていません。
22日の午前0時をもって、原発から半径20km圏内が「警戒区域」に設定されました。
総聯福島県本部によると、原発30km圏内に住む同胞は16戸。20~30km圏内に残る一人を除いて全員が県内外に避難しています。
久之浜から隣町の広野に向かうトンネルの前に立てられていた、「10キロ先 立入制限中」「この先立ち入り禁止 『避難指示』発令中」の看板。ここから10km先、広野町を越えると原発20kmエリアに入ります。「避難指示」区域は今から数時間前に立ち入り禁止の「警戒区域」に変わりました。この看板も今では別のものに換えられているはずです。トンネルを抜けた先に広がる光景を思うと、胸が痛くなります。(相)
Unknown
昨日、偶然郡山市に住む小学生の父親、という人のツイッターをみることになって、親としての悲痛さに激しく胸が痛み、福島に留まっている子どもたちのことがとても心配です。
そして、福島のウリハッキョの子どもたちは・・・と心配になり、ブログを訪ねた次第です。入学式を済ませ、新学期、通常授業を行っている、ということですが・・・それでいいのでしょうか?現場に行くこともできず、何か具体的なことができるわけでもないので、何も言う権利はないのかもしれませんが、子どもたちのことが心配です。
私には詩を送ることしかできません
しっかり 見るんだよ
よし君、舞ちゃん
しっかり 見るんだよ
泣くだけ泣いたら
しっかり 見るんだよ
あなた達の先祖が築き
お婆ちゃんの思い出のアルバムも
喜びも悲しみもみんな詰まった
あなた達の故郷だよ
影も形もなくなった
家も田んぼも牛も犬小屋も
全部全部 流されてしまった
一瞬に流されてしまった
残ったのものは残骸だけ
残ったものは悲しみだけ
残ったものは苦しみだけ
でも あなた達が残った
希望が 残った
しっかり 見るんだよ
ここにいた人たちを
ここにあった家を田んぼをポチの事を
みんなみんな しっかり 見るんだよ
生きていれば 何とかなるよ
希望があれば 生きていけるよ
みんなが 応援してくれている
一人じゃないよ 私たちは
しっかり 見るんだよ
誰が 何を どのように したのかを
詩しっかり見るんだよハングル
똑똑히 보거라
길남아,마이야
똑똑히 보거라
실컷 울고나면
똑똑히 보거라
너희들의 조상이 꾸리고
할머니의 추억의 사진첩도
기쁨도 슬픔도 고스란히 담긴
너희들의 고향이란다
그림자도 흔적도 없어졌어
집도 논밭도 소도 개우리도
송두리채 흘러가버렸단다
눈 깜빡할 사이에 흘러갔었어
남은것은 잔해만
남은것은 슬픔만
남은것은 고통만
그러나그러나 너희들이 남았다
희망이 남았다
똑똑히 보거라
여기에 살던 사람들을
여기에 있던 집을 논밭을 바둑이를
모두모두 똑똑히 보거라
살아있으면 어떻게나 산단다
희망이 있으면 살아갈수 있단다
만사람이 성원을 보내주고있지 않느냐
우린 혼자가 아니야
똑똑히 보거라
누가 무엇을 어떻게 하고있는가를