沈黙を破る
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先週土曜日、在日本韓国YMCAと東京センテニアルYサービスクラブが共催する第3回オリーブ平和映画祭に行ってきました。
今回上映された作品は、2009年に公開されたドキュメンタリー映画「沈黙を破る」。監督の土井敏邦氏は長らくパレスチナ、イスラエル問題を伝えてきたジャーナリストです。
知人から、この映画は絶対に観たほうがいいという熱烈な勧めを受けて会場に足を運んだのですが、期待にたがわぬ内容でした。以下、映画の内容と自分が感じたことをいくつか書きたいと思います。
映画のタイトル、「沈黙を破る」(breaking the silence)は占領地に赴いた経験を持つ元イスラエル将兵たちによるNGOの名前です。20代の青年が中心になっています。彼らは2004年、「沈黙を破る」と題した写真展をイスラエル最大の都市・テルアビブで開きます。この写真展は、「世界一道徳的な軍隊」としてパレスチナの占領地に送られた元兵士たちが虐待、略奪、一般住民の殺りくなど自らの加害行為を告白するもので、当時イスラエル国内外で大きな反響を巻き起こしました。
映画は2002年のジェニンの虐殺、バラータ難民キャンプへの侵攻など、2000年代以降の比較的最近の出来事を描いています。カメラは、2週間にも及ぶイスラエル軍の包囲、破壊と殺戮にさらされるパレスチナの人びとの生活を記録していきます。そして、占領地に駐留していた元イスラエル軍兵士たちの証言を挟みながら映画は重層的に進行します。
写真展「沈黙を破る」の開催を皮切りに、青年たちはイスラエル内外に向けて占領の実態を告発していきます。占領地で絶対的な権力を手にし、次第に人間性や倫理、道徳心を失い、「怪物」となっていった若者たち。自分たちがいかにたやすく「怪物」になってしまったのか、いかにイスラエル社会が自分達をだまし続け、自分たちもまた自らを騙し続けているのか――。
この映画は、「占領」がパレスチナ、イスラエル双方に何をもたらしたかを描いていきます。イスラエル軍がパレスチナ住民にもたらした被害の実態とともに、占領という構造的な暴力の構図を人びとの生活を通して描いている点が特徴的です。絶望的な抑圧の中でもたくましく生きるパレスチナの人びと、そして「祖国への裏切り」という非難に耐えながらも発言を続けるイスラエルの元兵士たち。
圧巻だったのが、元兵士たちの証言です。
ある青年の話。彼の両親は彼のNGO活動に反対しています。父親は、兵士は「テロリスト」から国民を守っているので、多少手荒なことがあっても仕方がないという立場。一方、学校教師である母親は、軍の非道な行為を事実として認めながらも、自分の息子は直接それに加わらなかった、最後の一線を越えなかったということを評価して、それこそ「家庭の教育のたまもの」だと話します。彼女は息子の活動に対して距離を取りつつも、一定の理解を示します。
両親のインタビュー映像を見て、元兵士の彼はこう語りだします。両親は対照的なことを言ってるように見えるが、占領の現実に対して「鉄のカーテン」を引いている点では同じ。鏡で自分の姿を見たくないということだ。私が実際に何をしたかに関わらず、私が大きな不正の一部であることには変わりはないのに、と。そして、彼は両親に対して言います。「私はイスラエル政府のこぶしであり、私はあなたたちの兵士だった」、と。イスラエル政府、社会がこれをやらせていることが重要なのだ、と。
イスラエルがパレスチナ問題の解決に真剣に取り組んでいないことは周知の事実です。取り組みを妨げる一番の要因は何なのか。右翼や過激派ではなく、一見リベラルで良心的な普通の市民たちが、前述の青年の母親のように現実から目を背け自己欺瞞を続けていることにある。映画はそう訴えているようでした。
戦争はなぜ起きるのか、なぜ終わらないのか、軍隊とは何か、など。映画はパレスチナ/イスラエル問題という枠を越え、いくつもの普遍的なテーマを提示します。
何も考えないことが生き残りの術/兵士に思索は禁物/占領地で「モンスター」になるのは簡単。自分のやったことを振り返らず、機械のように仕事をこなす。そうせざるを得ない。そうすると良心がまひしてくる。
イスラエル元兵士たちの証言の一部です。兵士たちはこのような暴力、退廃を一般社会生活に持ち込まざるを得なくなります。そうすると社会全体が病んでくる。占領という暴力は当のイスラエルにも刃を向けます。
道徳的で民主的な占領軍はありえるのか。私の考えは、Noです。ではさらに思考の射程を広げて、道徳的で民主的な軍隊は可能か。このような問いを発することも重要だと思います。
映画を観ながら、パレスチナ問題のみならず、日本の過去、現在の問題を考える上で多くの示唆を与えているように思えました。証言によって浮かび上がるイスラエル兵士の姿は多くの場合、旧日本軍のアジアにおける姿と重なります。そして、ある社会でマイノリティに対する抑圧がどのようなメカニズム、背景によって維持・強化されるのかについても、大変重要なヒントを与えてくれます。
映画はDVDで発売されており、映画の元になったイスラエル退役兵に対するインタビューを収録した同名の本も岩波書店から発売されています。興味のある方はぜひ手にとってみてください。(相)