もう一つの「9・11」
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2001年9月11日、米国で同時多発テロ事件が起きてから今年で10年を迎えました。
しかし、世界にはもう一つ忘れてはいけない「9・11」があります。この事件の28年前、1973年の同じ日に、ニューヨークでのテロにも匹敵する惨劇として現代史にその名を刻まれている事件が南米のチリで起こっています。
当時陸軍司令官だったアウグスト・ピノチェトによる軍事クーデター。民主的選挙によって成立したサルバドール・アジェンデ大統領の社会主義政権が倒されました。大統領宮殿にこもり最後まで抵抗を続けたアジェンデは殺害され、チリは民主主義とは名ばかりの軍事独裁体制となったのです。
軍事クーデターは米国の支援を受けて行われ、チリは米国の都合のいい国になりました。当時は冷戦時代の真っ只中。ピノチェト軍政の治安作戦は苛烈を極め、反体制派はことごとくとらえられ処刑されました。後の政府公式発表によると約3,000人、人権団体の調査によると約30,000人が殺害され、数十万人が強制収容所に送られ、国民の約1割に当たる100万人が国外亡命したと言われています。米国はピノチェトの所業を見て見ぬ振りをしたばかりか、後押しすらしました。
また、軍事政権は当時ミルトン・フリードマンらシカゴ学派によって提唱されていた新自由主義経済政策を導入、徹底的な民営化政策は「チリの奇跡」と呼ばれ一時は成功したかに見えましたが、実際にはGDPの成長率は落ち込み、貧富の差は急激に拡大し、貧困率はアジェンデ時代の倍の40%に達しました。
チリで始まったグローバリゼーションの実験はその後、英国、米国、そして日本にも受け継がれ、現在の新自由主義万能、市場至上主義にいたります。こう見ると、チリの「9・11」は孤立した一つの事件ではなく、現在の状況とも密接につながりを持つ出来事だといえます。
チリが民政に移行して久しく、ピノチェトも数年前に死亡しましたが、彼の亡霊はいまだ消え去ってはいません。「9・11」と言えば、ほとんどの人が2001年のニューヨークを思い浮かべるかもしれませんが、「9・11」の悲劇は米国の独占物ではありません。チリで起こったもう一つの「9・11」も記憶し、想起すべきだと思います。1973年の前にも後にも、そして2001年以降も米国の関与の下で無数の「9・11」があったのだという事実とともに。
チリ軍事クーデターと関連して印象深い曲があります。英国の歌手スティングの”They Dance Alone(Cueca Solo)”。ピノチェト政権によって殺害された男性達の残された家族が抗議するという意味で一人でダンスを踊る様子を歌った曲です。サブタイトルにある「cueca」とは、チリに古くから伝わる求婚の踊り。「Cueca Solo」とは言うなれば「一人ぼっちのダンス」。同曲の日本語タイトルも「孤独のダンス」です。
ピノチェト政権下のチリでは激しい左翼狩りが行われ、多くの運動家の男性が虐殺や拉致の末に行方不明となりました。文字どおり「消され」てしまった人も多く、家族が遺体を見るどころか消息さえもわかっていないケースが多いといいます。行方不明になった人々の妻や娘、母親たちが悲しみと抗議の意を表し、彼らの返還を求める無言のメッセージとして、チリの民族舞踊で本来男女のペアで踊るべきcuecaを女性一人(solo)で、胸に男性の写真をつけて踊ったそうです。
スティングがこの曲を発表したのは1987年、ピノチェトが独裁者として君臨していた時期です。
この曲はアルバム「Nothing Like The Sun」に収録されています。スティングは大学時代からずっと聴いているのですが、これは個人的にも好きな曲です。曲とともにPVの映像も心に響きます。ぜひご覧になってみてください。
Sting – They dance alone
以下は、日本語訳詞。(一部)
あの女性たちはなぜ一人だけで踊っているんだろう?
なぜこんなに悲しそうな瞳なんだろう?
なぜ兵士たちがここで見張っているんだろう?
石のように凍りついた表情で?
彼らが何を軽蔑しているのかわからない
彼女たちは行方不明になった人と踊っている
彼女たちは死んだ人と踊っている
彼女たちは消された人と踊っている
彼女たちは苦悩について語らない
彼女たちは父たちと踊っている
彼女たちは息子たちと踊っている
彼女たちは夫たちと踊っている
彼女たちは一人で踊る。彼女たちは一人で踊る
これが彼女たちに許されたたった一つの抵抗のやりかた
沈黙を続ける彼女たちの表情は、大きく叫びたがっている
その言葉を声に出せば彼女たちも消されてしまう
仲間だった女性は今拷問台の上にいる。彼女たちに他に何ができるだろう
彼女たちは行方不明になった人と踊っている
彼女たちは死んだ人と踊っている
彼女たちは消された人と踊っている
彼女たちは苦悩について語らない
彼女たちは父たちと踊っている
彼女たちは息子たちと踊っている
彼女たちは夫たちと踊っている
彼女たちは一人で踊る
彼女たちは一人で踊る
いつか私たちは彼らの墓の上で踊るだろう
いつか私たちは自由を歌うだろう
いつか私たちは喜んで笑うだろう
そして踊るだろう
いつか私たちは彼らの墓の上で踊るだろう
いつか私たちは自由を歌うだろう
いつか私たちは喜んで笑うだろう
そして踊るだろう
(相)
Unknown
10月9日、11月29日も世界中で記憶されるべき事件が起きた日付ですね。
本当に世界から早く悲劇がなくなってほしいです。