17年ぶりのウリハッキョ②初の合コン
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学校というものに大分慣れ始めてきた頃、息子は小一時間ほど先にあるウリハッキョの1年生たちと「合コン」をして帰ってきた。その時の生き生きとした表情といったら!!!
息子のクラスは男子のみ。訪ねたクラスは女子だけのクラス。異性だったことも新鮮だったのだろう、心底楽しんできた様子で、学校が持たせてくれた記念写真には、見たことのない照れの入った笑顔が抜き取られていた。
「合コン」はこの1回で終わらず。秋も深まった昨週には、低学年同士のキャンプが企画された。12月には合同授業を予定しているそうだ。
先週(里)さんが書いていた「セッピョル学園」のように、今朝鮮学校は、サッカー大会や課外活動などの場を工夫しながら、子どもたちに出会いの場を作っている。私が学生の頃は、東京朝鮮中高級学校高級部が一学年400人いた時代で、最初に入学した頃は人の波に飲まれそうだった。今振り返っても、運動にしろ、勉強にしろ、人を笑わせる才能にしろ、バラエティに富む同級生たちには大きな刺激を受けたし、文句なしに楽しかった。それから20年近い月日が経ったいま、生徒の数は大きく変化している。
今、朝鮮学校に子どもを通わせている保護者の多くが、クラスメートが少ないことに頭を悩ませているはずだ。
こう書く私もそんな一人だった。入学式を前に最終的な人数を確認したときの思いは、「集団性が培われない」という「理性的な思い」ではなく、「寂しい」という一言に尽きた。実際、ハッキョに通わせたくても、生徒数が少ないことをマイナス要因に捉えてハッキョをあきらめる例は数知れず。数を越える「何か」を固く持ち得ない限り、「数問題」は乗り越えられない。ハッキョの近くに転居する保護者も多いが、環境を変える「力」も持たなければ最終的に教育を断念せざるを得ない。
そう考えると、1時間圏内に通える朝鮮学校が3校あるだけでも、地方都市に暮らす同胞に比べて私は幸せものだ。通わせるハッキョがあるだけでも。。。そう考えて私は子どもをハッキョに送り出した。
民族教育に託した部分を大切に育みながら、大人として何を補ってあげられるだろうか。
保護者となったハッキョは、異年齢の交流が盛んなこともあり、数が少ないことは、当初に比べて大きな悩みではなくなった。皆がきょうだいのようにケンカしてボールを蹴って…。時々見る運動場の光景には毎回心が温まる。
目と鼻の先には日本の小学校もある。子どもにたくさんの出会いを! 大人の出番だ。(瑛)
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日本の小学校もすぐそばにあります<<<。
大人の出番に期待し応援をしています。