17年ぶりのウリハッキョ⑪ウリマルで遊ぶ
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入学してから1年の間に、ハッキョではㄱㄴㄷㄹなど19の子音とㅏㅑㅓㅕなど21の母音を習い、3学期に入ると、많다(マンタ:多い)など둘받침(二重終音)が入った言葉を学びおえ、ハングルを一通り読めるようになる。朝鮮語の世界への「入口」に入ったということだろうか。
教科書には、ㄱのときは고기(コギ:肉)、ㄷのときは구두(クドゥ:靴)といったようにそれぞれの母音や子音が入った単語が登場する。ハッキョではソンセンニムの発音を真似ながら、そしてノートに書きながら一字一句を頭に叩き込んでいくのだろう。教科書に載る文章も少しずつ増え始める。例えば「ㅁ」の欄は、어머니, 이거 오이나요? (お母さん、これはキュウリ?)아니,무우야(いいえ、ダイコンよ)といった感じだ。
そして、実生活で使う言葉をその都度ソンセンニムに教えてもらいながら語彙数を増やし、思いをウリマルを託していくのだろう。家でも무엇이였더라(なんだったっけ?)など、ふとした時にウリマルが出てくるのを見ると、「朝鮮語でも考えるようになったんだな」と感じられる。
教科書には、짝자꿍(乳飲み子が手を両手を打つ様子)というお題の課もあって、息子が「짝자꿍」とうたいながら1歳の弟をあやしてくれたこともあった。あやす時の歌は、教科書のそれではなく、祖母から習った「짝자꿍」だった。手を握ったり、人指し指で反対の手のひらをチョンチョンと指し、最後にはキラキラと星が輝くジェスチャーで終わる童謡で、弟がちょうどお座りをした頃に教えてもらったものだ。1世や2世の同胞女性の中には、今でも朝鮮の子守歌やあやし言葉で乳飲み子を抱いてくれる方がいて、これらの歌をいつかちゃんと記録しなければと思っている。世代を越えて伝えられるウリ文化だからだ。
息子は一時期、習いたてのウリマルを「書く」ことが楽しかったようで、宿題を終えた後も画用紙一杯にハングルを書いていた。「イオ」で連載されていた洪永佑さんの「ウリマル図鑑」を一枚一枚広げて。おそらく教科書に載っていない言葉を書くことが楽しかっただろうし、かわいらしいイラストも興味をそそったのだろう。他にも朝鮮地図のパズル、ハングルの図鑑や絵本を使って遊んでいた。ある日はソファをお立ち台に見立てて、音楽の授業で習った歌を妹にメドレーで聞かせてくれたこともあった。
全身でウリマルを遊び、楽しむ1年生。ウリマルを楽しむ感性は、いつになっても忘れてほしくない。(瑛)
ハングル
ハングルを始めて勉強した時、本当に合理的にできていて、2時間くらいですぐに音が読めるようになって驚きました。面白い文字ですね。
疑問なんですが、朝鮮でも「ハングル」という言葉を常用するんですか?私は、「韓国」の「ハン」につながることもあるから、朝鮮では余り使わず、チョソングルチャなどというと思い込んでいたのですが…
Unknown
ドンドルマさま、ハングルという言葉は漢字ではないのですよ。固有語です。「ハン」というのは大きいとか偉大だとか一つだとかいろんな意味に使われる言葉です。「クル」というのは文字という意味です。二つ合わせて偉大な文字と解釈するのが良いかと思われます。セジョン王たちが作ったコリアの文字をセジョン王は「訓民正音」と名づけましたが、この「ハングル」という言葉は偉大な言語学者であり、教育者でもあった周時経という方が、1910年以降に名づけたと言われています。