開城の史跡が世界遺産登録へ
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高麗王朝(918〜1392年)の首都だった朝鮮の都市・開城の史跡地区が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産に登録される見通し、というニュースが数日前に飛び込んできた。
ユネスコの諮問機関である国際記念物遺跡会議(イコモス)が13日に発表した報告書で登録を勧告した事実を韓国の聯合ニュースが伝えたものだ。
http://www.yonhapnews.co.kr/bulletin/2013/05/13/0200000000AKR20130513112851005.HTML?from=search
朝鮮では2004年に平壌市近郊の高句麗壁画古墳群が初の世界遺産に登録されている。開城が登録されれば、同国で2番目の世界遺産となる。イコモスによる評価は登録の如何に決定的な影響を及ぼす重要なものなので、特別なアクシデントのない限り正式登録が確実視されている、と上記の報道は伝えている。6月16日~27日の日程でカンボジアのプノンペンで開催されるユネスコ世界遺産委員会で正式な登録の可否が決まる予定だ。
北南関係を含めた朝鮮半島情勢が緊張している中で、喜ばしい知らせであることは間違いない。
自分の記憶では、開城の世界遺産登録に向けた取り組みが本格化したのは04~05年ごろ。04年7月、蘇州で開かれた世界遺産委員会で高句麗壁画古墳群が世界遺産に登録されたが、その他にも開城と平壌が文化遺産の暫定リストに登録された。同年11月18日から21日にかけては、開城で北と南の共同学術討論会と遺跡踏査があった。当時、私は平壌に滞在していた。車を飛ばしてはるばる開城を訪れ、取材したことをおぼえている。
そして、当時書いた記事がこれ。
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2006/06/0606j0111-00002.htm
現場で北側の関係者らは、「展望は明るい」と登録実現へ自信をのぞかせていた。南の学者、研究者らも登録推進活動への協力の意志を表明していた。その後の12月に開かれた北南閣僚級会談では、開城の史跡の世界遺産登録および保存管理で協力するという取り決めもなされた。
それから7年半。ずいぶんと時間がかかった。途中、さまざまな紆余曲折はあったが、関係者の努力が報われることは、関係する場に一瞬でも身を置いた自分にとってもうれしい。
開城市一帯には高麗時代の文化遺産が数多く存在している。今回登録される見込みの史跡には満月台、南大門、高麗成均館、善竹橋、崇陽書院、王建王陵、恭愍王陵など12の対象が含まれているという。私もそのうちのいくつかを見て回ったことがあるが、歴史的に価値の高いものであり、観光資源としてもすばらしい可能性を持った対象だと感じた。
開城にある歴史遺跡については、以下のリンク先で詳しい内容を知ることができる。
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2006/06/0606r400.htm
世界遺産登録が正式に決まれば、個々の史跡の保存・整備もさらに進むだろう。国内外の多くの人々がここを訪れ、悠久の歴史の一端に触れられる日が早く来ることを願っている。そして、この都市の名を冠した工業地区における北南の経済協力事業の再開も願いながら。(相)