百物語は終わらない
広告
6月17日に立ち上げた朝鮮学校百物語https://www.facebook.com/hyakumono
嘘みたいな本当の在日話(https://www.facebook.com/zainichibanashi)さん、ウリハッキョon the web(http://urhk.jp/)さんのご協力をえながら、各地のトンポや日本の友人の皆さんから、たくさんのお話をお寄せいただきました。コマプスミダ!
その人しか知りえない、また卒業生たちが「そうそう」と喜んでくれそうな、たくさんの話が集まったものの、たった10ページに収めなればならず。。。惜しい限りです。
今回、「ウリハッキョ豆知識」「ウリハッキョおもしろ話」と題して、「山の上にある朝鮮学校が多いのはなぜ?」「チマチョゴリ制服が始まったのはいつ?」「ウリハッキョ初のプロスポーツ選手は?」など、歴史の始まりを色々と調べましたが、その場にいた方々の多くは他界されていました。
現時点で、各々の出来事を詳しく知るための証言や資料が不足していることは否めません。その一方で、草創期に血の滲む思いで学校を建てた人びとの思いやその時々の決断を記した貴重な資料にも出会えました。建設委員全員の判が押された新校舎建設報告書がそのひとつで、地域の総意として歴史を残そうという志に圧倒されました。
思えば民族教育の歴史に触れたきっかけは、4・24教育闘争50周年に際して証言を集めたことでした。神戸市のある同胞宅を訪ねたとき、「あの時のことが今でも整理がつかない。初めて話す」と十字架を背負ったような暗い表情で語る一世がいました。歴史を聞くこと、綴ることは簡単なことではないと思い知らされた貴重な出会いでした。
今回の取材を通して、ウリハッキョの歴史を掘り下げたいと強く思うようになりました。
各地で証言を集め、頭に浮んだたくさんの「なぞ」を解き明かしたいと思っています。民族教育の歴史に関しては、最近、研究者がたくさん出てきているので、定期的な勉強会を企画してもいいな、と思います。(瑛)