日本初の反差別禁止法ーヘイトスピーチ対策法が施行
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5月24日、衆議院本会議で「ヘイトスピーチ(以下、HS)対策法案」が可決、6月3日に施行された。
日本政府が国連・人種差別撤廃条約を批准したのは1995年。同法は、2009年から頻発するHSに限ったもので、外国人差別の根絶に向けた出発点に立ったといえる。
◇日本初の反人種差別法、求められる実効性
HS法案の正式名称は、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」という。
HSによって、「外国人出身者とその子孫が多大な苦痛を強いられ…地域社会に深刻な亀裂を生じさせている」とし、差別的言動解消が「喫緊の課題である」(第1条)とした。禁止規程や罰則のない理念法だが、日本で初めてとなる反人種差別法で、HSをなくす「国の責務」を明らかにしたことがもっとも重要な点だ。
7条からなる同法は、外国人に対する差別的言動が、「あってはならない」としているものの、人種差別撤廃条約に基づき「違法」とは断定しなかった。
国や地方自治体が「差別解消に向けた施策を推進する責務がある」と定めたが、あくまで努力義務。条約が国だけではなく地方自治体を含む公共機関に対し、差別撤廃を求めている点からしても、不十分だ。
また、基本的施策の内容が、すでに実施している相談、教育、啓発に限定され、基本指針策定、調査、結果報告義務、財政措置がないことなど、実効性には弱いが、国は反差別の立場に立ち、「HSは違法」ということは明確になった。
日本政府は、人種差別撤廃条約を批准した時点で、外国人差別をなくすための法整備をしなければならなかったが、これを放置し続け、国連の場でも、①新法を作るほどの人種差別もHSも認識していない、②現行法で対処できている、③啓発で対処するのが適切―といってきた。2014年までこの立場だった。
「ゴキブリ朝鮮人 出ていけ」「殺せ 朝鮮人」などHSの本質は人種差別だ。日本が批准した人種差別撤廃条約は、国が差別撤廃に法的責任を持ち、差別撤廃政策を構築し、法制度化することを責務と課している。HS法は、住居、就職など、在日コリアンやマイノリティへの差別的な取り扱いには踏み込まず、差別的表現のみが対象。朝鮮高校の無償化差別や、「朝鮮籍」者への人権侵害など、差別システムの解消に向けて、HS法を生かしていくことが求められている。
◇問題多い適法居住要件
同法の一番の問題点は、「適法に居住するもの」と対象を限定していることだ。オーバーステイの外国人や難民申請者、アイヌや沖縄出身の人たちも対象外。法案成立に尽力してきた有田芳生参議院議員は、「在特会のヘイトスピーチを振り返ると、非正規滞在していたフィリピン出身のカルデロンさん、池袋では中国人が狙われた。アイヌや沖縄の人たちへの暴言もある。これではHSの解決にはならない」と語る。
与党が提出した同法の欠陥を補うため、野党議員はぎりぎりまで動いた。それが法案提出時にはなかった附則と附帯決議だ。
附則には、「不当な差別的言動に係る取組については、…法律の施行後…差別的言動の実態等を勘案し、必要に応じ、検討が加えられるものとする」とある。「等」の一文字は「本邦外出身者」以外への「不当な差別的言動」も対象とされることを示している。
また、附帯決議には、「本邦出身者に対する不当な差別的言動以外のものであれば許されるという理解は誤り」「人種差別撤廃条約の精神に鑑み、適切に対処する」と明言された。 附則とは、政府に対する国会の要求で、法的拘束力があり、法律の解釈基準と言える。今後、ヘイトデモを許可する自治体や警察への具体的な指針になっていく。
差別主義者たちのヘイトデモ(6月5日、川崎市の中原平和公園)
◇川崎では警察がヘイトデモ許可
法案は成立されたものの、各地では引き続きヘイトデモが実行された。5月29日には名古屋と福岡。法律施行後の6月5日には川崎で13回目のヘイトデモが予告されていたが、市民たちが市や警察に働きかけを続けた結果、5月31日、川崎市はヘイトデモ主催団体の公園使用申請を不許可とし、6月2日、横浜地裁川崎支部は社会福祉法人青丘社を起点に半径500メートル以内にヘイトデモの接近を禁じる仮処分命令(同行為を行なわせてはならない)を決定した。
これを受けて、デモ主催者は場所を変更し、川崎市中原平和公園でのデモを予定。中原警察署にデモ申請を提出し、神奈川県警はこれを許可した。立法府が法律を作り、行政府の公園使用不許可、司法の判断が出そろうなか、警視庁は6月3日、法の施行に合わせて各県警本部あてに「ヘイト解消法施行について」という文書を送付。「ヘイトスピーチと言われる言動やこれに伴う活動について違法行為を認知した際には厳正に対処する等により、不当な差別的言動の解消に向けた取組みに寄与されたい」と指示した。
当日は、数百人の市民が阻止に動き、デモを中止させたが、警察はなぜデモを許可したのか。疑問は残る。
川崎・桜本から国政に向けて差別をなくそう、共に幸せに、と訴えてきた崔江以子さん
シットインする人々は差別に抵抗するシンボルとなった
ヘイトデモを中止させるため、現場にいた有田芳生参議院議員は、この日が歴史的な日だったと語る。
…驚いたのは神奈川県警の対応でした。ヘイトデモをとめようとシットインがはじまっても排除しなかったのです。これまでとはうってかわった画期的な対応でした。そして警察官はデモが10メートルほどで中止になってからも移動しつつマイクを使おうとした差別主義者に「違法デモだよ、これ」と警告を二度発しました。
公園に戻り、川崎市民ネットワークの集会へ。在日1世の趙さんも3世の崔さんも泣いています。抵抗者とヘイトスピーチ解消法が結びついた気高い成果。法務省も川崎駅への「ヘイトスピーチ、許さない。」の電光掲示やポスター掲示などだけでなく、電光掲示の街宣車まで用意したことも眼を見張る対応でした。しかしこれからも闘いは続きます。全国でヘイトスピーチ根絶のための条例作りなど、地道な取り組みを進めましょう。この日は日本史に刻まれた歴史的な一日だったのです。「2016・6・5」を忘れない。(同議員のFBから)
警察は、差別主義者たちに向かって警備を務めていた
在特会が結成されたのが2007年1月20日。この時の会員は約500人だった。それが11年4月には約1万人に膨れ上がる。
2009年4月に非正規滞在のカルデロンさんの追放を求めるデモが起き、その年の12月4日、京都朝鮮第1初級学校は襲撃された。
ヘイト法成立まで10年かかったと振り返りながら思う。この間に撒き散らされたヘイトデモによって、心身を傷つけられた人たちの回復は誰がしてくれるのだろう。このことも言い続けていかねば。
ヘイト法成立を、無償化差別や朝鮮籍者への人権侵害にどのように生かしていくかは、待ったなしの課題だ。
師岡康子弁護士は、「HS法だけでは差別は根絶できないので、人種差別撤廃基本法の成立につなげたい。そのためには、立法事実として、外国籍者やマイノリティへの差別実態を明らかにする必要がある。法務省は来年3月まで外国籍者への実態調査をするとしているが、実態をきちんと反映させるため、民間レベルでも実態を明らかにする努力を呼びかけたい」と語る。(瑛)
※写真提供=朝鮮新報