ハルモニは心の中に生きているー在日バイタルチェック川崎公演
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10月10、11日、川崎桜本で劇団トル(石)・きむぎがんさんの一人芝居「在日バイタルチェック」を見てきた。まだ余韻覚めやらぬ状態でこのブログを書きます。
物語の主人公は、デイサービスセンター「たんぽぽ」に通う在日1世のウルセンハルモニ、90歳。15歳で済州道から日本へ渡り、日本で知り合った同胞男性と結婚。対馬で海女をしながら子どもを育ててきた。「あんた…ビルの掃除でもやって孫にこずかいでも、やりたいやないの…」「孫が赤んぼう生みますねん。朝鮮の名前つけたい言うとります…」とうれしそうに話す。穏やかな晩年に見えるも、誕生祝いで明かされた日本での暮らしは壮絶なものだった…。
海女の仕事で家を空けているさなか、日本の学校に通っていた娘がいじめに遭ったことを知った時のこと。近所の日本の人たちの家々を訪ね、聞くにたえない罵声を浴びながらも「なかようしてください」と頭を下げた。「妹を守る」と川に飛び込んだお兄ちゃんを抱きしめる姿も切ない。
両親や幼い妹が暮らす故郷への思いはいかばかりだったろう…。分断された一方の朝鮮に息子たちを帰国させたため、済州道へは行けなかったハルモニ。オモニや幼い妹に思いを募らせる場面には胸が引き裂かれそうだった。
「笑い転がせたる」を信条とする、きがんさんの舞台に、腹を抱えて笑い、泣いた。
そう、ハンメたちは、みんな貧しかった。時代に苦しめられながらも歯を食いしばって家族を守ってきた。舞台を見て、自分がそれを忘れていたことに気づく。すまなかった、という思いが押し寄せた後は、「ハンメたちは心の中に生きている」という確かな実感が宿る。ハンメたちが、この日本で逞しく生きた証を、私たちが心に留めなければ、誰が―という思いにさせてくれる。ありし日のその姿を胸に生きていこうという勇気をくれた、きがんさん、本当にありがとう。
川崎在住の李賢淑さん(49)は、字を学べなかったハルモニを思い出し涙が止まらなかったと話していた。「ハンメは、国語講習所で自分の名前を習い、書けるようになったことが嬉しくて、色んなところに黒いマジックで書いていた」という。
今回の公演を企画したのは、川崎朝鮮初級学校保護者の朴錦花さんをはじめとする桜本の人たちだ。ヘイトスピーチの被害を13回も受けたこの街で、もっとたくさんの人と確かにつながりたいと企画した。公演が終わった後、「私、ありのままでいいんだ」と話す朴さんの清々しい表情が忘れられない。
2日目には、川崎市の同胞高齢者の集まり「トラジの会」のハルモニたちも30人ほど見にきていた。芝居が終わった後、きがんさんを抱きしめ、語り続ける1世のハルモニたち。「韓国人というのを隠さないで、堂々としているのがよかった」とは、アン・メンスさん(88)の言葉だ。
芝居には、朝鮮名を名乗れなかった若い在日、民族教育の機会に恵まれなかった在日も出てくる。きがんさんは、いつも「ここに来ることすらできない在日の姿を見ている」という。
今回の川崎公演で「在日バイタルチェック」は76回目。「私たちの歴史を『なかった』ことにはさせたくない」という思いに裏打ちされた芝居は、これからも日本中を駆け巡っていくだろう。(瑛)