ニーズとは、変化とは、本質とは―茨城民族教育ビジョン2016
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茨城県における民族教育の未来を展望することを目指した教育フォーラム「茨城民族教育ビジョン2016」が11月26日、水戸市の茨城朝鮮初中高級学校で行われ、約300人が参加した。茨城県青商会と同校の共催(崔明智実行委員長)。創立65周年を迎える2018年度に向けて、寄宿舎学校、少人数制学校の強みを生かし、教育内容をより充実させようという試みだ。
●保護者のニーズを直視しよう
「見て、接して、展望する」を掲げたイベントには、茨城県の同胞たちに加え、宮城、福島、群馬、栃木など、東北、北関東から保護者世代や茨城初中高に関心を持つ同胞たちが集まった。兵庫、埼玉、千葉、東京からも来訪し関心の高さをうかがわせた。
オープニング映像「子どもたちの夢、大人たちの想い」が流された後、大阪の生野朝鮮初級学校の梁学哲校長が、「学校、保護者、地域同胞が三位一体となり迎えた創立25周年」と題して講演、2部にパネルディスカッション「茨城ウリハッキョの特徴と課題」、3部に児童生徒たちによる芸術公演「誇りを胸に」が行われた。
今フォーラムは、保護者、保護者候補にあたる同胞たちに、学校への要望を率直に話してもらい、それを検証したうえでビジョンを示すことを目指した。
事前に、県下の保護者世代や県外に暮らす卒業生たちに、「ウリハッキョに通わせることで期待されたことは?」「ウリハッキョがどのように変わるべきだと思うか」など10項目のアンケートを実施。176件の集計結果が発表され、現在通わせている保護者たちの声も映像で流された。その上で行われたのが2部のパネルディスカッション。同校の教員、保護者たちが登壇し、学校への率直な思いが語られた(別項)。
映像では「学校たちが純粋で教員たちもマジメだ」と同校への満足度が示される一方で、「人数が少ないので、高級部が機能していくのかが心配」「お子さんを通わせていない人たちにハッキョを知ってほしい」との不安や期待が寄せられた。
茨城ハッキョをめぐっては、東北に朝鮮高級部がなくなった後、北関東・東北が抱える悩みを分かち、とくには高級部の入学生を受け入れる役割がクローズアップされている。
同校の尹太吉校長は、「高大接続改革」をはじめ日本の教育改革の流れを説明したうえで、「ビジョン2016」を発表。①高級部のカリキュラムの改編、②ICT教育の推進、③クラブ活動の多様化、活性化、④茨城民族教育研究会の発足―を17、18年度に実現すると発表した。
中でも注目されるのが、18年度中に実行するとした高級部のカリキュラムの改編だ。
現在の文系、理系コースに合わせてビジネス系コースを新設し、クラブ活動の活性化のための方策を打ち出した。地元のクラブチームとの提携が一例だ。現状は、茨城を含め、北関東・東北の個々の学校ではサッカーチームを組めないので、北海道、東北、福島、新潟、群馬、栃木、茨城の7校合同のチームを組み、試合を組んでいる。14年度には、朝鮮学校の全国大会でベスト4、16年度には準優勝の実績も遂げた(初級部)。
群馬県から友人5人と訪れた徐美愛さん(41)は3人の母親だ。長女は朝鮮舞踊がしたく、群馬初中を卒業後、東京朝高に進学。下の二人の子どもの進学先については、現在も悩んでいる。「私たちが不安に思っていること、やってほしいことを汲み取ってくれたことが、胸に刺さった、茨城ハッキョの生徒たちの姿から子どもたちがしっかり育っていることも知った。目に見えるようビジョンをしっかり実現してほしい」と語る。
●ストロングポイントは何か
実行委員会で議論が盛んになったある日、話の焦点は、「変化がなぜ必要なのか?」という問題に向けられたという。
「私たちが学んだ頃は、答えがある時代だった。一流大学を出れば一流企業に就職できる、親の事業を受けついだら、生活の安定が約束される…。今は答えのない時代、正しいことを新たにみつけ、自ら考えて提案、実践できる人材が求められている」
「私たちの財産はコミュニティ。地域社会のコミュニティ、地域を越えた同胞コミュニティは今後も生かしていく。今後は『行事型』ではなく、遠隔教育や広域通信制教育など『日常型』を模索し、同胞人口が少ない地域にも民族教育に接する機会を提供することが望まれます」(朴康守教務部長のプレゼンから)
変化を遂げる重要性とともに、民族教育の価値、独自のストロングポイントを見出していくべきとの「軸」についても強調された。
この日、講師として登壇した生野初級の梁学哲校長は、2歳児保育を始め、「ウリ」に目を向けた育成プランを通して、園児・児童数の増加を実現した経験を伝えながら、「学校、保護者、地域社会が、ひとつの目標に向かって力を合わせることが大切だ」と語った。
「学校がしっかりとした方針を掲げ、教員が自信を持って教育を語ること、子どもたちが在日同胞の歴史を受けつぐことの大切さを学び、ウリハッキョを誇りに思うことが一番です。子どもの誇りや喜びは保護者に伝わっていく」(梁校長)
フォーラムは、茨城、北関東、東北に学ぶ同胞の子どもたちの未来を、大人たちが切り開く決意の場となった。閉会後は意見交換会も持たれ、改革を実現するための財源、今からでもできる学校づくりについて率直な意見が語られた。
崔明智・実行委員長(40)は、「3世の私たちには、学校を守り発展させていく責任がある。本音をいえば、もっと色んなトンポたちに来てほしかったが、これも今後の課題」と語る。
地元の同胞たちは、「これからはビジョンの実践に全力を注いでいく」と口をそろえる。
全校生62人、40世帯の茨城ハッキョの挑戦が始まった。(瑛)
●第2部のパネルディスカッションの発言要旨
●朴昌浩さん(同校保護者、飲食店経営)
アンケートに応えていない人たちの意見が重要だ。私自身、同胞社会とは距離を置く家庭だったので両親の意向で日本学校に通い、高校までウリハッキョの存在はまったく知らなかった。存在すら知らない人、距離のある人は行事があっても参加しようがない。
避けてしまうの方と同胞社会側の距離ゆえの誤解があるのではないか。ウリハッキョに子どもを通わせなかったので、付き合いづらいという人も多い。お互いが1歩ずつ近付いていけば距離は縮まっていくと思う。まずは遠ざけている人から意見を集めれば、私たちが何をすべきかが見えてくる。
●崔理愛さん(同校保護者、行政書士)
アンケートでは、朝鮮学校出身者の場合、進学・就職に不利という意見があった。どのような進路を取るのかにもよるが、日本学校に通ったからといって、夢や進路を実現できるとは思わない。個人の学力、経済状態、知識の違いもあるだろう。
ハンディを自分で乗り越えられるような学力をつける、チャレンジするための資格を得る…。ハンディを乗りこえる強い精神力、行動力をつけてほしいと思っている。また、茨城ハッキョには、民族教育プラスアルファの要素がダイレクトに伝わってくるような魅力がほしい。
●呉承姫さん(茨城朝鮮初中高級学校教員)
東京出身の私が茨城初中高で教鞭をとり10年目。自分の故郷といえるようになった。担任をしている高3の生徒たちには、自分の利益だけではなく、社会に貢献するなかで幸せを見つけられる人間に育ってほしい。一年間、「輝かしい未来を約束するリーダーになろう」という目標を掲げてきた。かれらが、「がんばる動機」について、時に心配になることがある。生徒たちは「学校がなくなるかも知れない」という危機感とプレッシャーの中で生活しているからだ。子どもたちの未来を約束するのは大人の責任だ。
●崔成柱さん(群馬朝鮮初中級学校教務主任)
群馬初中を卒業し、朝高に進学するうえで生徒と保護者が一番悩むのは人数の問題だ。初中の9年間、10人以下のクラスで生活し、高校に進学してもこのような環境が続くことへの懸念がある。
ラグビーをしてみたい、バスケを続けたい―まだ知らない、見たことのない大きな環境でチャレンジしたいという思いが強く、選択肢の少なさが進学の障害になっている。もちろん、一人ひとりが輝いている茨城ハッキョで培われる「人間力」も伝えていきたい。
●松野哲二さん(チマチョゴリ友の会)
長い間、日本人は朝鮮学校を知らないまま、戦後民主主義を謳歌する能天気を続けてきた。その間、朝鮮学校は日本への定住を前提にした改革を続け、学校を守ってきた。朝鮮学校ほど、地域に開かれた学校はなく、なぜ今もって自助努力をしなければならないのかと思う。教育の原点は「引き出すこと」にある。今、戦前に逆戻りしている日本の教育と逆のことをすれば、朝鮮学校は日本社会で魅力ある学校になっていく。日本の学校では詳しく教えない労働法について、労働者の権利を守るためにも朝高の授業でぜひ扱ってほしい。