投書について
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先日、都内に朝鮮学校に通う初級部6年の児童の投書が朝日新聞に載った。
社会的に少数者で税金を納めながらも、その市民権が保障されていない私たちの声が、百万部台の部数を発行する大手新聞に載ることは意義があるし、なにより、自分の立ち位置を社会に発信できる12歳の子どもが誇らしかった。
しかし、拭いがたい違和感は何だろう。
記者になった23年前、大手の新聞社には、朝鮮学校の子どもが鉄道のホームから落とされたり、暴言を浴びせられたことについて、「なぜ」「ひどい」という声を発信する記者がたくさんいた。
子どもの側に立つ記者、弱いものを追いやる社会を問題にした記者が、今よりはたくさん存在していたと当時の新聞スクラップを繰りながら思う。
その風向きが変わったのは、2002年9月だった。「朝鮮学校=日本人拉致に手を貸した」という事実無根の言いがかりをつけられ、書いても、撮っても、朝鮮学校の記事がデスクを通らないという話を友人、知人の日本人記者からよく聞いた。
大手こそ、マイノリティや社会的に弱い立場に置かれている声を載せるべきだと思うし、大手が載せないからこそ、イオのような媒体が必要だと思っている。20年間の変化の原因は闘う記者が減ったということだろうか。
気骨のあるフリーのジャーナリストに会うと、まだまだ、と自省することも多い。
各地には、冒頭の女の子のように、「思い」を形にできる人がたくさんいて、その筆に元気をいただく。
今日は、友人の一人、三重県在住の金琴純さんの投書を紹介したい。(瑛)
2016年6月12日付け「朝日新聞」掲載
2014年12月11日付け「中日新聞」掲載
2013年10月8日付け「朝日新聞」掲載