「ポスト真実」時代のジャーナリズムとは
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現代の米国の独立系ジャーナリストたちの活動を追ったドキュメンタリー『すべての政府は嘘をつく』(原題:All Governments Lie: Truth, Deception, and the Spirit of I.F. Stone)が3月18日よりアップリンク渋谷で公開中だ。刺激的なタイトルや製作総指揮にオリバー・ストーンが名を連ねていること、そして米国でトランプ政権発足直後の公開となったことで各所で話題になっている。非常によくできたドキュメンタリーで、この時代にこそ観られるべき作品だと思い、先日発行された月刊イオ4月号の新作映画紹介欄でも取り上げた。
今回のエントリでも、本作をあらためて紹介したく、以下、誌面スペースの関係で短くする前のオリジナルの原稿を掲載することにした。
本作の原題にI・F・ストーンの名前を見つけた時、学生時代に彼の著作に接した人間として胸が高鳴りを抑えることができなかった。徹底した調査報道でベトナム戦争をめぐる政府の嘘などを暴いた稀代の米国人ジャーナリスト。「すべての政府は嘘をつく」というタイトルは、そのストーンの言葉だ。
本作は、大手組織に属さず鋭い調査で真実を追求する米国の独立系ジャーナリストたちに光を当てたドキュメンタリー。巨大メディアが企業論理に飲み込まれ権力の欺瞞を追及しなくなった現代において、ストーンの理念を受け継ぎ活動するジャーナリストたちの姿を描く。
登場するのは、言語学者のノーム・チョムスキー、ドキュメンタリー映画監督のマイケル・ムーアに加えて、「デモクラシーナウ!」の創設者エイミー・グッドマン、「ザ・ガーディアン」の元記者でニュースサイト「ジ・インターセプト」の創立者グレン・グリーンウォルド、「ローリングストーン」誌寄稿者・編集者マット・タイビなど著名なジャーナリストたち。共和党の大統領候補ドナルド・トランプ(当時)の支持者を丹念に取材し、密入国したメキシコ人たちの遺体が秘密裏に埋められている事実を暴き、米軍のドローンによる民間人殺害を証明するため難民キャンプを訪ねる彼・彼女らを通して、真実を隠蔽する政府とそれを追及しない大手メディアの問題点が浮き彫りになる。
そんな独立系ジャーナリストの草分けがI.F.ストーンだ。大組織に属さず、権力と距離を置きながら自費出版の個人ジャーナル「週刊I.F.ストーン」を発行し、緻密な調査で数々の政治スキャンダルを暴いた。「私の記事の裏付けは他ならぬ本人の言葉だ。政府の文書、報告書、会話記録、記者会見や演説などを歴史家の手法で分析した」(ストーン)。「週刊I.F.ストーン」はあのマリリン・モンローやアインシュタインも愛読者だったという。公文書を丹念に調べ、矛盾を突き、嘘を見破る―。ウォーターゲート事件、イラク戦争開戦の決め手となった大量破壊兵器疑惑などなど、本作では米政府がついてきた嘘が多く取り上げられるが、これらを暴いた人々はストーンの仕事から学んだと話す。
権力の監視役を果たさず、利益追求のため戦争に加担する、政府のウソの片棒を担ぐ―。本作で描かれる米国のメディア状況は日本の写し鏡のようで興味深い。客観的事実よりも個人の感情への訴求の方が世論形成に大きく影響する―そんな「ポスト真実」の時代におけるメディアの役割やジャーナリズムのあり方を考える上で多くの示唆を与えてくれる作品だ。「ジャーナリストとは職業やキャリアではない。生き方である」―作中、あるジャーナリストの言葉が印象に残った。
本作は2016年、米国が大統領選挙の只中にあった時期に作られた。ドナルド・トランプと安倍晋三という「ポスト真実」を象徴するような2人が権力の座についている今、本作を観る意義は小さくない。(相)