漫画「わが指のオーケストラ」、 是非読んでください
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以前、広島で手話通訳問題の研究や手話サークルなど、聴覚障がい者問題に取り組まれている特別支援学級の先生を取材したことがあります。
そこでお聞きした話には驚かされることが多かったのですが、その時に勧められたある漫画を後に読み、さらに衝撃を受けました。
タイトルは「わが指のオーケストラ」全4巻(山本おさむ、秋田書店)。
1991年から93年にかけて出版された、日本のろう教育の歴史を描いた漫画です。
大正から昭和初期、社会に根強く残るろうあ者に対する差別と偏見に立ち向かい、ろう教育に生涯を捧げた高橋潔さんの人生が描かれています。
高橋さんの養子である川淵依子さんの「指骨」(1967年)、「手話は心」(1983年)という著書を元に、聴覚障がい者の教育における歴史的事実に沿って物語が展開します。
第1巻で、大阪市立盲啞学校に教員としてやってきた高橋さんが、「言葉」というものの存在すら知らず苦しむ少年・戸田一作と出会い、共に手話を習得していくようすは衝撃的でした。また、言葉を知ることで世界が広がり、心が解放され、豊かな感情を養っていく姿に感動を受けます。
社会からの無理解、軽蔑、差別が、ろう者個人や家族の視点から具体的に描かれ、聴覚障がい者の置かれてきた現実の厳しさが伝わってきます。
私がこの漫画を読んで初めて知り驚いたのが、ろう教育で「手話」が否定された歴史があるということ。
昭和初期から、米国で主流となっていた「口話法」(発語・読話)を日本で普及する動きが強まり、ろう者の子を持つ親の中にも「せめて見た目だけでも普通の子に…」などの理由で子どもに口話法を覚えさせようとする傾向が生まれます。問題は、この「口話法」の推進が、「手話」の徹底的排除を前提としていたことです。
実際に口話法を習得できるろう者は全体の2〜3割とされているにも関わらず、ほとんどの聾学校はこの教育方法を取り入れ、その妨げとなるとして手話を禁止。口話法を身に付けられない多くのろう児童たちが意思疎通をの手段を失いました。
そんな中、主人公の高橋さんは手話の必要性を訴え続けました。
1933年の全国聾唖学校校長会総会で高橋さんが行った演説では、重要な言葉が繰り返されます。
「聾啞者は少数者であり手話は少数者の言語です/正常者は多数者であり音声言語は多数者の言語であります/故に少数者は多数者の犠牲になれと申されるのでしょうか/正常者の立場に立ち彼等に正常者の言語を強要し正常者と同様になれと申されるのでありましょうか/聾啞者が聾啞者である事をなぜ恥じねばならないのでありましょう/何ら恥じる事はない/卑屈にならず堂々と人生を歩むよう説き聞かせる事/そのような心を育てる事こそ我々聾教育者の誠の仕事ではないでしょうか」
「口話に適する者には口話法にて適しない者には手話法にて/ひとりの落ちこぼれもない教育…いわゆる適性教育を最もよしと信じるのであります」
漫画の中では、学校で手話を使っているのが見つかると教師に殴られ、「私は手まねをしました」と看板を首にかけられているシーンがあります。
取材の時に先生が話されていた、「手話も朝鮮語も、一度奪われ、取り戻してきた歴史がある。これらは単なるコミュニケーションではなく、人間が人間らしく生きるためのアイデンティティ言語」という言葉が思い出されます。
これまで、「手話」と聞くと聴覚障がい者の方が使う言葉という認識しかありませんでしたが、それがとても薄っぺらいものだったことを知りました。
この漫画が、人間らしく生きるとは何か、またそこで、それぞれの「言語」がどのような意味をなしているのか、改めて考えるきっかけをくれました。
是非、みなさんにも読んでもらいたいです。(S)
Unknown
最近話題になった漫画「聲の形」はかなり賛否両論あったんですが、そこでたまに引き合いに出されたのが「わが指のオーケストラ」。
実は著者もどういう作品かもよく知らなかったんですが、なるほど実在のろうあ者の伝記だったんですね。
著者の山本おさむは、「遥かなる甲子園」や「どんぐりの家」といった、聴覚障害者とその家族をとりまく厳しい状況を容赦のない筆致で描き出した作品でよく知られている漫画家です。
他にも、最近映画化されてあらためてその主人公にスポットが当てられている、早世した将棋の異色プロ棋士・村山 聖(むらやま・さとし)九段の生涯を題材にした「聖—天才・羽生が恐れた男」のような作品も描いていますね。世界的なヴァイオリン製作者である在日朝鮮人・陳昌鉉氏の半生を描いた「天上の弦」という興味深い作品もあります。
私が高校生だった頃にはまだデビューして数年という時期にあたり、青春漫画路線の「麦青(むぎあお)」というさわやかな読後感のある作品も描いていたんですが、その数年後にはもう「遥かなる甲子園」の連載がスタートしています。
なので彼の創作活動というのはひじょうに、人生において宿業を背負わされた者たちを好んで題材にしてきたといえるでしょう(各作に共通する厳しいリアリズムは、その創作の真剣さを物語ります)。
(S)さん、とりあえず次は「遥かなる甲子園」あたりをお読みになってはいかがでしょう。おすすめします。
コメントありがとうございます
Unknownさん、コメントありがとうございます!
「わが指のオーケストラ」について調べる中で、別の作品もいくつか気になっていました。
参考にさせていただきます。
Unknown
せっかくですので一応お知らせを。山本おさむ氏の新作が連載をスタートしたようです。
1950年代アメリカに吹き荒れた「赤狩り」の当時、「アカの巣窟」と当局に見なされたハリウッドの映画人たちの闘いを題材としています。
http://natalie.mu/comic/news/233414
「今なぜこのネタなのか」——作者の意図を汲むのは非常に容易ではありますが、果たしてこの作品がその意図を十全に表現しきる形で終幕を迎えられるのか、私はすでにかすかな危惧を抱いています(杞憂に終わることをぜひとも願いたいですが)。
いずれにせよ、注目すべき作品ですね。
(S)さんもどうぞお読みになってください。
聾です。
突然のコメントで失礼します。
イオを購入したことがある者です。
韓国の文化に興味があります。
わが指のオーケストラの記事を読みました。
文中の高橋潔は、手話を広めた人です。聾者の間では、有名です。聾者とは、耳が聞こえない人が通う聾学校出身です。