マンガ「沸点」~普通の人々の小さな革命
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5月になると韓国で民主化を勝ち取った故郷の人たちを思い出す。
8歳の夏、京都の祖父の家で見たグラビアには、心臓が止まる思いだった。息絶えた学生の写真。顔は血にまみれ、ページを繰ると慟哭する母親が棺を叩いていた。光州民主抗争が起きた1980年5月―。
韓国における1980年代の民主化闘争を描いたマンガ「沸点」(ころから、2016年、1700円+税)を紹介いただいた。
1977年生まれの韓国の漫画家・チェギュソクさんが描いた傑作で、2016年に日本で翻訳出版されている。
主人公・ヨンホは大学生。この時代の誰もがそうだったように反共教育を受けて育った青年だ。
朝鮮戦争期に保導連盟によって実母を殺されたヨンホの母親は、息子が学生運動にかかわることを、心配してばかり。農業と日雇い労働で家族を養っている父親も、パルゲンイは大嫌い。反共体制のもとでの物言えぬ社会。この閉塞感のなかで、学生たちは疑問を持ち、声をあげていく。しかし、その声は幾度なくかき消され、家族を大きく動揺させる―。その揺れの先は本書に詳しい。
訳者は「九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響」を書いた加藤直樹さんで、2015年9月、安保法案をめぐる攻防のさ中の中で、「沸点」を紹介するなら、今だ、と思ったそうだ。
原作者のチェ・ギュソクについて、加藤さんはこう紹介している。
…チェ・ギュソクは、87年の「6月民主抗争」を、先人の苦労話や壮大で勇ましい革命英雄譚として語ることはしない。そうではなく、あくまで無名の人々の苦悩と模索の物語として描いている。
…多様な人々が合流するとき、そこから生まれる熱が1987年6月の路上を沸騰させ、韓国の政治と社会を大きく変えたのである。こうした視点が、同じように路上に出た21世紀の「キャンドル世代」の共感を呼んだのではないだろうか。
世の中は、一人ひとりの模索や小さな”革命”の連鎖反応を通じて変わっていく。そのことは、いつの時代でも、どこの国でも変わらない…
警察の催涙弾に倒れた延世大学の李韓烈さん、拷問で命を落とした朴鐘哲さん、無名の女工たち…。
故郷を揺るがした過去の出来事が走馬灯のようによみがえる。
民主化政権の今後を見通すためにも、幅広い世代に読んでいただきたい。(瑛)