東京中高文化祭と裁判パフォーマンス
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11日の日曜日、東京朝鮮中高級学校で文化祭「アンニョンハセヨ2017」が行われたので、顔を出してきた。各種展示や芸術公演やテコンドの演舞、お化け屋敷、サッカー親善試合など、大変盛りだくさんな出し物が準備されており、中庭には各種飲食の屋台が出ていた。
同胞もたくさん集まったが、日本の人たちもたくさん来校していたのが印象深かった。無償化制度からの排除や補助金カットなど、政府や自治体による朝鮮学校いじめの中、多くの日本の人たちに朝鮮学校の存在を知ってもらい理解を深めてもらおうと、朝鮮学校ではことあるごとに学校を開放している。
多くのイベントの中で興味深かったのが美術部の企画だった。
企画のタイトルは、「平和-X-」、次のように趣旨の説明があった。
「平和とはなんでしょうか。平和は変数Xのように答えがなく、一人一人にとって違う意味をもつものかもしれません。現代社会における平和の意味をX線を当てるように内側まで見透し、Xな角度から様々な考え方を共有することがこの展示の目的です。展示を通してXのように皆さんと交わり繋がることを目指します!」
生徒たちのみならず、日本人アーティストの作品など数々の美術作品が展示された企画展。そして、午前午後と2回、裁判パフォーマンス「X= 」が催された。
会場の一画に模擬裁判所が設けられ、平和とは何かを裁判形式で、生徒たちと参加者が一緒に考えようという企画だ。
裁判では、原発の廃棄物処理をする作業員が登場、証人らを法廷に連れてくる。幼い頃に広島で原爆被害に遭った日本人女性、無償化裁判の弁護団の同胞弁護士、日本人フリージャーナリストらが法廷で発言した。神奈川の朝鮮学校の中学生は千葉での美術展に日本軍「慰安婦」の絵が展示されたことで朝鮮学校への補助金交付が取り消されたことについて証言した。また、河童も登場した?
東京朝高の美術部は、5月16日の東京無償化裁判の結審の日にも、集会で傘のパフォーマンスを披露した。文化祭での裁判パフォーマンス自体は、高校生のやることなので、いろいろと不足点はあっただろうが、今の日本社会の中で、自分たちの置かれた状況を見つめ、自分たちの思いを発信する、発信する方法を模索する、そのことが非常に大きな学びになっていると思う。高校生の時に心の中に宿した、様々な思いを、これからの人生の中でいつまでも持っていてほしいと願っている。(k)
Unknown
>裁判パフォーマンス「X= 」
1枚目の写真のインパクトがすごいですね。
原発推進を肯定する文言はどこからか引用してきたものなのかもしれませんが、完全な創作だとしたら「いろいろとわかりすぎていて逆に怖い」くらいです。核政策の政治的本質や、科学技術と人間の暗部が結びついたときのある種の志向性について、よく考察していると思います。
また、低レベル放射性廃棄物保管用のドラム缶に書かれている種々のマーキング(フォントの選択も含め)も、これは実物に取材した正確な再現でしょうか。あまりに生々しすぎるリアルさに「神は細部に宿る」のだという思いを改めて強くしました。
で、裁判にはカッパも含め(笑)、「核と平和」をめぐる様々な当事者たちが登場したようですが、ここに「自国の核兵器開発を支持する朝鮮国民」が証言者として登場したかどうかは気になるところです。
高校の文化祭、しかも朝高のそれですから、さすがにそれは諸々の事情から憚られたのでは、と勝手に推測するものです。
が、20世紀後半以降現代に至るまで発生しているほとんど全ての軍事紛争が「非対称戦争」や大国の背後操作による「内戦」「代理戦争」の形をとっていることを考えると、「朝鮮側の言い分を聞いてみる」という試みそれ自体は非常に重要なことであると私は思います。
Unknown
恐縮ながら追記を。
こちらの最新記事などは、「朝鮮側の言い分」を代弁するものとして大いに参考になると思います。
http://roodevil.blog.shinobi.jp/
ブラウ様へ
いつも、コメントありがとうございます。
1枚目の写真の作品の作者は、たぶん、日本の方だったと思います。私は、ブラウさんが指摘されたような細部まで読み取ることはできませんでした。
証人の選定は、けっこうアバウトな感じで行われているようでした。「核兵器」の問題は、日本の原発と核は開発という問題意識で少し意見が出ていました。