たぬきの喫茶店
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先日の日曜日は木更津に足を伸ばしてみた。駅前の喫茶店に行くためである。自宅の最寄り駅から木更津駅までは電車を乗り継いで約2時間半。どうしてわざわざこんなに遠くまで行ったかというと、以前取材した同胞から実家が喫茶店をしていると聞いたからだ。「カレーが美味しいですよ」という一言が決め手になった。
同胞が営む飲食店は焼肉、お好み焼き、居酒屋、焼鳥などさまざまだが、喫茶店も意外と多い。イオ2015年5月号では、「カフェで会いましょう」という特別企画もした。当時、掲載されたのは地元で長く愛される純喫茶がほとんどで、「こんなに地域に溶け込んでいるのか」と、他の飲食店とはまた違う雰囲気が新鮮だった。
その雰囲気をもういちど味わってみたかったのと、いつか取材につながるかもしれないから挨拶しておこうと思ったのも理由の一つではある。
お店に着くと、看板や内装がレトロでとても素敵な純喫茶だった。お目当てのカレーは甘口ながらもスパイスの味が後を引く、濃厚で贅沢な一品。客足がひいた頃合いを見計らって挨拶すると、店主夫婦(取材した同胞の両親)が「お喋りしましょう」と出てきてくれた。
その喫茶店が40年以上続く老舗であること、アボジの姉もむかし品川で「梨花」という喫茶店をしていたこと、オモニは70年代に韓国に留学した経験があり、当時の街なかには日常的に戦車が走っていたこと、朝鮮学校には通わなかったが、親戚が多くルーツを大事にしてきたこと…など、もし同胞だと知らずに来店していたら聞けなかったであろう色々な話を聞いた。
5年前、日刊イオで「在日たぬき考」という文章を書いた。ジブリ映画「平成狸合戦ぽんぽこ」は在日朝鮮人を描いた作品だとの説を聞いたという内容である。本当かどうか分からないその話を初めて聞いたのは17歳くらいの時だったが、未だにその影響を受けていて、たまに自分が映画の中のたぬきたちのように感じることがある。
この日、喫茶店で店主夫婦とお喋りしている時もふと同じ感覚になった。街の純喫茶という一面を持ちつつ、蓋を開けると中では同胞が頑張っている。それだけで、なんとなく特別な場所という感じがしてくる。「アンニョンハシムニカ」と言って同じ言葉が返ってくると、それまで隠れていた相手のしっぽを見つけたような、少し嬉しい気分になる。きっと、これが映画だったらお互い無意識のうちにたぬきの姿に戻っていただろう。そんなことを想像する時間が楽しかった。
余談だが、「平成狸合戦ぽんぽこ」は大人になって改めて観るとけっこう面白い。団結や思想の違いによる分裂、運動のために喧々諤々の議論を交わすシーンなど、たぬきたちの姿が在日朝鮮人運動と重なる部分が多い。関東たぬきたちの一大化け行進に加勢するため四国からやってくる老たぬき3人衆に至っては、地方の総聯本部委員長を彷彿とさせ胸が熱くなる。「平成」最後のこの時期、ぜひもういちど鑑賞してみてはいかがでしょう。(理)